BSR short
□彷徨いはやがて暗がりで堕ちる
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「愛」なんて言葉がいまいち解らない。
でも自分はきっと、知らない間に貴女を「愛」していた。
彷徨いはやがて暗がりで堕ちる
遠出をした際必ず通る村に、必ず声をかけてくる村娘がいる。
「忍さん!お仕事お疲れさま。今日もおつかい?」
「おつかい、ねぇ…」
そんな甘いもんじゃないよ。
そう言おうとして慌てて口を紡ぐ。
いかんいかん、また流されてしまう。しっかりしろ猿飛佐助。これじゃいつもと同じだぞ。
「じゃ、俺急ぐから」
「もう行ってしまうの?あ、これ、いつもあげてる薬とは違う物なんだけど、よかったら貰って!」
どんな傷にも使える万能薬なの。よく効くわ。
彼女ははにかんで、俺の右手に薬の入った小さな小瓶をのせた。
あーあ、結局流されちゃったよ。
ぼんやりそう思いながら、再び帰路についた。
「佐助!!」
真田の旦那に仕事してもらおうと部屋に向かってたら、運良くこっちに来てくれた。ラッキー。
「佐助、お館様が呼んでいたぞ」
「大将が?」
何だろ。報告の時には特に何も言ってなかったし、何かあったのかね。それか俺が何かやらかしたのかも………って別にやましいことはしてないし、思い当たる節もない。
ただ、何となく嫌な予感がする。
「わかった。俺は大将の所行くから、旦那はこれ片付けといて」
「なっ!某一人ではこんなに沢山出来ぬぞ!」
「今までた溜めてたでしょ。自業自得!」
佐助の鬼〜鬼畜者〜!!
そんな旦那の断末魔を後ろに、さっさとその場を後にした。
障子の前に膝をつき、「佐助です」と声をかける。
「入れ」
うわあ重々しい声。やだなあ説教だけは勘弁だよ。
部屋に入ってとりあえず大将の前に座る。いつもより難しそうな顔をした大将。両目を閉じ、口をへの字に曲げて腕を組んでいる。
なにこれ尋問?
「佐助」
「はい」
「仕事だ」
大将の口から出た言葉に緊張が走った。
「ここから少し行ったところに、お前がよく通る村があるだろう。その村で薬屋を営んでおる村娘、」
彼女のことだとすぐにわかった。
さっきから心臓の音がやけに五月蝿い。まるで、大将の言葉を拒むかのように。
「殺してこい」
「…いつ、ですか」
「今夜だ」
「今、夜…」
膝の上にある拳を堅く握りしめる。
額を伝うこの汗は何だ?少なくとも彼女を殺すことを恐れている?
俺が?
「大将、一つ、いいですか」
「なんだ」
「なぜ、その村娘を…」
殺すんですか?
それ以上は声が出なかった。喉の奥がズキズキと痛む。
「あの娘は、以前戦った敵軍の人間だ」
「!!まさか、」
「正しくは、父親の方だがな」
じゃあ別に殺さなくても、と言いかけるが、大将は続ける。
「佐助よ、戦場での敵軍は皆恐ろしい。だがもっと恐ろしいのは、亡き者の周りにいた人間達だ。特に残された遺族は、鋭い剣にも堅い盾にもなりうる」
大将は閉じていた目を開き、俺をじっと見た。
俺は少し、目を反らしてしまう。
「お前が最近持ち帰る薬瓶。あれはあの娘からのものか」
「……」
「…お前は忍だ。主への忠誠心を忘れるでないぞ」
幸村を守るという決意があるのならばな。
俺はしばらく立ち上がることが出来なかった。ぐるぐると大将の言葉が、鎖のように俺を縛り付けていたから。
「怖くないの?」
村から少し離れた森で、もう一度訪ねる。
日が暮れてもう随分経ち、辺りは真っ暗暗闇の中。
薬の調合をしていた彼女に、散歩でも、と誘ってみた。なるべく早く殺した方がいいのだが、家で殺せば他の住民に怪しまれるし、後のことを考えても、場所を移して殺した方が幾分か都合がいい。気付かれると思ったが(ほんとは気付いてほしかった)、彼女は特に不信がる様子もなく、「行きましょう」と返事をした(ほんとは逃げてほしかった)。
「ねぇ、アンタって結構お人好し?」
「それは忍さんの方でしょ?」
殺すなら早く殺せばいいのに。
そう呟く彼女に、ああ気付いてたのかと少し安心する。
「俺はお人好しなんかじゃないよ」
「じゃあ意気地なし?」
「なんでそうなるのさ」
彼女はくすくすと笑って目を閉じた。
俺も持っていた小刀を握り直す。
「痛くしてね」
「え、痛くしないでね、じゃないの?」
「私、ずっと忍さんのこと好きだったの」
痛くしてくれたら、忍さんが私を殺してくれたってことを全身で感じとれるでしょ?
だから、うんと痛く、
「…ちょっとキモチワルイよ、その思考」
言ったとき、既に彼女は事切れていて。
ズルリと刀を引き抜いた。
そしたら少し血が飛び散った。
早く帰ろう。
適当に死体の処理をして、人目に付かない所まで持って行こう。
後のことは自然に任せよう。
帰ったら大将に報告して、それから旦那の仕事を手伝って、それからそれから、
(もう終わった。コイツはただの薬屋の娘。コイツはただの仕事の標的、)
「ごめんね。キモチワルイのは俺の方かも」
そういえば、名前すら聞いてなかった。
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