薄桜鬼

□いつの間にか溺れ沈んでいた
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私は今全速力で学校への急な坂道を駆け上っている。

やばい、やばいです!

お母さんが起こしてくれなくて、寝坊して……私、遅刻なんてしたことないんだよ?

これからも遅刻なんてするつもりはなかったんだよ?!


ひいひい言いながら走っていると、見覚えのある後ろ姿が目に飛び込んできた。

…あれはもしかしなくても沖田先輩?

あの遅刻常習犯の?!

やばいじゃん!ちょっともう誰でもいいから私の脚をオリンピック選手並みに速くしてください!



「あれ?こんな時間に走っても意味ないよ?」



ちょうど先輩の横を走り抜けようとしたその瞬間、なぜか先輩に呼びとめられた。

とゆーか走っても意味なくないもん!

まだ8時37分だから今から走ればまだ間に合うんだから!


だから私は先輩と話している時間なんかない。

そう思ってスルーした――はずだったんだけど。



「ねぇ、君いい度胸してるね?…僕を無視するなんてさ」



後ろからぎゅうぅうう、と強く握られた私の腕。

折れるっ!骨が、折れるって!!

そして、冷たい声色の声が聞こえてきたのっは幻聴じゃないと思う。


誰か…誰か、非力な私をお助けください。

このままじゃ沖田先輩に殺され、る!!!


でもそんなときって以外と救世主が現れるものであって。

私にも例外ではなく、救世主が現れた――



「そこの二人、遅刻者だな」



――ように思えたけど、神様は悉く私を裏切る。

ちらり、と校門の前にいる人を見てみると、あは、やっぱり鬼の風紀委員で有名な斎藤先輩だよ!

どうしよう?まだ私、目をつけられたくないんだけど!



「でもまだ39分ですよ?!今から走れば間に合――」



きーんこーんかーん……


走れば間に合う、そう言おうとしたその刹那、空気の読めないチャイムが鳴り響いた。

そのチャイムの鳴った瞬間の、あの斎藤先輩の勝ち誇ったような顔…!

あれはある意味、沖田先輩のドSな笑顔よりも怖かった。



「学年とクラス、名前を記入してもらおうか」

「やだなあ一君。僕のことは知ってるでしょ?」

「……」



なんだろうこの光景は。

二人して睨みあっているこの状況はどうするべきなんだろう?


でも、これって私のことは放置状態ってことだよね?

今のうちに…逃げるが勝ちだ!


って思い立って、こそこそと校門を潜ろうとしたその刹那。



「…おい、あんた」

「あ、君…逃げようとしたの?」



ですよねー!

あは、やっぱり逃げれませんよね。


私は二人の先輩に囲まれた。

これで逃げ道は、ない。



「いや、逃げようなんてこれぽっちも思ってません!」



咄嗟に言い訳を思いついたけど、二人でにこり、と妖しい笑みが浮かべられる。



「君の名前は?」



後ろから首に手をまわされて、身動きが取れなくなる。

そんな状態でも、私が名前を言わずにいると。



「ふうん、言わないんだ?」



と、沖田先輩がぺろ、と右耳を舐めながら耳元で低く囁く。

すると、斎藤先輩も私に近付いてきて。



「…そうだな、言わないと失点5になるぞ?」



今度は左耳に息を吹きかけてきながら、痺れるような甘い声で囁いてきた。

ああ、これはもうどうしようもない状況に陥っちゃったかも!

なんだって今日みたいな日に私は遅刻しちゃうなんて…!



「あの、先輩方…こんなところでのんびりしてると授業に遅れちゃいますよ?」



私の頭の中はここから脱したい気持ちでいっぱいだった。

こう言えば、斎藤先輩は私のことを話してくれると思ったのに。


――現実はそう甘くはなくて。



「授業?そんなのサボればいいじゃん」

「今は授業よりも優先すべきことがあるからな」



風紀委員がこんなことを言っていいのか?

さらっとサボり発言しちゃったよ?



「だが…総司は教室に戻れ。先生に俺は保健室に行っていると伝えろ」

「それじゃあ一君のいいとこどりじゃん。僕にもその子で楽しませてよ?」



私の目の前でそんな怖い発言をしないでください。

でも、逃げようと思っても二人に手を握られているから脱出不可能。

どうしようかと頭をフル回転していると、急に視点が逆転した。



「うにゃあぁああ?!」

「あ、一君!ずるいってば!」



次の瞬間、私は斎藤先輩にお姫様だっこされている体制になっていた。

妙に顔が近くて、顔が火照ってくる。



「……こんな気持ち、初めてでよくわからないが」

「先輩っ、降ろしてくだ――」



その刹那、ちゅ、と唇に温かいものが触れた。

思わず先輩を押し返そうとしたけど。

姫抱きされている状態では、体が思ったよりも密着しているから離れなかった。


目を開いたままだから、斎藤先輩と目が合ってしまう。

それが恥ずかしくて目を背けたら、互いの唇が離れた。



「あーあ、完全に二人の世界に入ちゃってるよ」



沖田先輩が大袈裟にため息をつく。

でも、背中を向けたその瞬間「一君、僕彼女のこと気に入ったから。簡単には渡してあげないよ」と呟き、校舎の方へと歩いて行った。


斎藤先輩はそんな沖田先輩の後姿を目を細めて見つつ、やがて私の方に目を向ける。



「俺も総司には負けられない」

「え?」



ぼそりと呟いた先輩の言葉が私には聞き取れなかった。

でも、先輩は言葉を紡ぐ。



「あんたは一目惚れってあると思うか?」

「いや、私は恋すらしたことがないのでわかりませんが……」

「なら、俺が…!」



言葉に詰まった先輩が何故か顔を赤らめた。



「俺があんたの初恋の相手になりたい……!」






いつの間にか溺れ沈んでいた
(もう後戻りは、出来ない)






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