妖怪奇譚

□第四話「最後に笑うは霊感少年」
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妖怪奇譚〜第四話〜
「最後に笑うは霊感少年」その1


今宵は満月…白銀色の月がコチラを見て微笑む。


跡部は一人、夜空の下にいた。

耳を澄ませば、都会の喧噪が入り込んでくる。
目を凝らせば、人口の光に空の星はかき消される様が見える。

嫌いではない…ただ…酷く懐かしく思う、あの遠い記憶の中の日々を。


暗闇に浮かぶ月と星…ただただ静かだった自然の中。

懐古趣味はない…ただ酷く懐かしい。


「くだらない記憶だ。」


跡部は、感傷に浸る自分を嫌う。
弱い自分を…彼は許さないからだ。


九尾の狐…美しい白銀の毛並と、紫水の瞳を持った妖狐。

千年前に、日本を海の底に沈めようとした伝説の妖怪。
陰陽師の青年に、妖力を二つの妖玉に封じられ、残ったのは子狐の身体とわずかな妖気のみ。
その後,天寿を全うした彼は、人間として生まれ変わった…跡部景吾として。
記憶などあるはずがなく、普通(じゃない)の財閥の坊ちゃんとして生きてきた。


しかし、少し前に急に彼の記憶は戻ってしまった。


原因は、石碑に封印されていた、二つの妖玉、藍玉と朱玉が何者かによって開放された為だった。
妖玉の波動を受け、跡部の魂の記憶が揺り起こされたのだ。
彼は、それを使おうとしている何者かより早く、妖玉を手に入れるつもりだった。

力を持っている者達を従えて、跡部は行動していた。





「…本気で言ってるんですか伴田先生!!」


南の怒号は、室内だろうがお構いなしに放たれた。
怒りをあらわにする南に対して、向かいに座る伴田はニマニマしたままだ。
焦ることも、驚くこともせず…ただ南に言ってのけただけ。


「跡部君を捕まえなくて良いから、まず真犯人を捕まえて下さいね?」


その言葉に、南は逆らう事など出来ない…だけど、叫んでしまった。
所詮南は中間管理職…、上の命令に従わねばならないのは、天界だろうが地上だろうが同じである。


「だけど、アイツは九尾の狐ですよ?

嘘を言ってる様には見えませんでした…けど、妖怪なんて移り気なものです。

何処まで信じられるか…。」


冷静な会話が出来なくなっている南の代わりに、東方が伴田に意見した。
これは南の言葉を代弁しただけであって、東方自身の言葉ではなかったのだが。


「ええ、だから信じる事はありません。

協力して頂くだけです…その後の事はまぁ、上の指示次第でしょう。

だから、みんなで今は楽しく行きましょう、ね?」


その言葉に、伴田はあっけらかんと答えて見せた。
実はその中身に色々腹黒い内容を含んでいそうだが、それ以上地味’sに反論出来る訳がなく。


「「…分かりました。」」


と、いうしかないのだった。
南はがっくりと肩を落として、東方はそんな南の背中をポンポンと叩いた。





「おおー良い眺めだね☆」


青学心霊部の部室の屋根の上、千石は器用にひょいひょいっと昇ってきた。
其処には先客がいた。


「何の用だ千石。」


彼は、後からやってきた彼を見て睨み付けてくる。
其処にいたのは、跡部だった。


「やー跡部君、良いトコにいるじゃない。」


そう言うと、千石は笑顔のまま、跡部の隣へと座り込んできた。
そんな千石が気にくわないのか、跡部はちっと舌打ちをした。
「テメーさっきの事…俺様が忘れてるとでも思ってるのか?(キレ)」
殺気を放つ跡部の表情は、辺りは暗かったがよーく分かった、多分切れてるんだろうと。
千石は、乾いた笑いを立てた。
つい数時間前まで、敵対していた間柄の二人。
しかも千石は彼を大網で捕らえて見せた。
あんな醜態をさらして、跡部が黙っているはずがない。


「いやぁ;そこら辺は無かった事にしとこうよ…ね?」


まずいと思った千石は、跡部に言ってみた。
すると、何も返事が無かったから…

勝手に千石はお許しが出たんだと思って、そのまんま空を見上げた。


「おぉ、凄いな〜!満月だ。」


千石は空に浮かぶ月に感動の声を上げた。
満月は見事にまんまるで、意識しなければこんな綺麗なモノさえも気付かないだろうと、思った。


「お前のボキャブラリーは、すごいな〜、意外無いのか?」


言葉の乏しい千石に、呆れたのか、跡部はため息をついた。
あまりにも率直に言う千石。


「う〜ん良いじゃない?綺麗だし凄い!!これで充分!」


千石はそんな跡部に言った。
にっこりと笑って見せたが、やはり跡部は呆れているようだった。


「あんなモノ、俺様の美貌の前にはただの石ころだ。」


跡部は月よりも自分が美しいと疑っていないらしい。
その言葉に、千石が笑った。


「アハハ、流石跡部君だ。」


賞賛にはどうにも思えない、彼の言葉に跡部は少々不満気な顔をしたが…


それ以上何か言うことは無かった。






その頃リョーマは、帰宅して夕食を食べていた。


「リョーマ…お前随分獣くせぇじゃねーか?しかも男だろ〜。

美女妖怪でも連れて来てみろってんだ。なぁカルピン。」


今日は、珍しく和食が食卓に並んでおり、リョーマは満足気に食事をしていたのだが…
彼の目の前に、父親がやって来てどかっと座り込んだ。
その上リョーマの愛猫カルピンに変な事を吹き込んでいる…。


「親父、うるさい。」


リョーマはうざったらしいと言った様子で、父を睨みつけた。
それが、父には面白いのか、更にリョーマに構いたがる。


「俺がどうにかしてやろうか〜?困ってるんだろ青少年。」


にかっと豪快に笑う父。
リョーマは、はぁ〜とため息を一つついて箸をお膳に置いた。


「母さんに、親父のエロ本の隠し場所バラされたいわけ?」


リョーマは、真正面の父を見てしれっ、と言った。

父の弱点は、リョーマの母。

彼女が切れたら、こんなちゃらんぽらんな親父でも低頭で謝り倒すのだから。


「な、リョーマ!俺はお前をそんな子に育てた覚えはないぞー!」


痛い所をつかれた、父はあたふたしだす。
それを見ると、リョーマは再び箸を持ち、食事を再開した。

この困った父親の名前は、越前南次郎。

彼もまた、リョーマと同じく霊能力を持っている。
今は預かり寺の住職なんてしてるが、かつては世界各地に天衣無縫の霊能力者として名を馳せていたのだ。
悔しいけれど、今はまだ技術も霊力も敵わない…。
幼い頃から、南次郎を見て育ったリョーマにとって、彼こそ一番越えたい相手。

人間性としてはちっとも越えたくないが…(苦笑)


「これくらいどうにかしてみせるさ。」


悔しそうにそれだけ言ってやった。
その言葉を聞くと、南次郎はそりゃあ楽しそうに笑った。


「せいぜいがんばれよ、リョーマ!」


それだけ言うと、南次郎はカルピンをおいて寺の方へと消えていった。
カルピンは、リョーマの足元にすり寄ってきた。
食事を終えて、リョーマはごちそうさま、というとカルピンを抱え上げ自分の部屋に戻った。




翌日から、龍族と人間と妖怪の奇妙な共同戦線が張られることになった。
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