永い夢2

□第宙話
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「斎藤さん、私です」

「………入れ」

私は、斎藤さんと私との部屋を繋ぐ障子ではなく、廊下から繋がる襖から、斎藤さんの部屋を開けた

もう、あの障子を開けられるほどの距離に、私の心は、いなかったから

机に向かって仕事をしている斎藤さんの背中に向かって、正座をする

「お話があります」

「…なんだ」

斎藤さんの声は、いつもの様なトーン

なにも変わっていないと、そう錯覚させるほどに

しかし顔は見えない

苦笑すら漏れた

「宗次郎と一緒に、ここを出ようと思います」

「あいつの、嫁にでもなるのか?」

声が、嘲るように笑っていた

結婚する、なんて考えたこともなかった

でも…そういうことになるのだろう

「…そうですね」

それを聞いてなのかはわからないが、斎藤さんは振り返ると、突如として私の手を掴み、壁に押し付けた

見つめあった一瞬の目が、酷く冷静そうだった

しかしその次の瞬間、なにもわからなくなる

いつの間にか両手は、斎藤さんの方手に糸も容易く拘束されていて

いつの間にか顎には、斎藤さんの指が絡みついていて

いつの間にか、斎藤さんの顔は、その目に焦点を合わせることが難しいほど近くに合って

どうしてか、息が止まっていた

(口付けられているのだと理解した時には、もう遅い)

口内に侵入しようとする何かをなんなのか理解した時からは、もう

どうしようもなく、どうしようもなく、泣きそうで

斎藤さんに対した抵抗もできないまま、私は息を上がらせていた

顔をそむけようとしても顎に絡みつく長い指が両の頬を乱暴に掴み

腕は片手であしらわれ

甘美で、それでいて私を絶望の淵なんてものじゃない、どん底にたたき落とすには十分な威力をもった接吻

(どうして)

(…どうし、て)

((俺には、関係のない話だ)なんて、言っておいて)

泣かせるには、十分すぎるほどの威力をもったキス

(どうして)

長い口付けの中、息を上がらせて、そんなことばかりが頭の中を支配して

どうしようもなく、悲しかった

ようやく解放される頃には、もうすっかり私は肩で息をしていて、泣き顔を見られたくなくて俯こうにも、やはり斎藤さんはそれをさせてくれなくて、逃げだそうにも、力はすっかり抜けきっていて

ただただ、空しかった

斎藤さんは静かな目をして、ゆっくりと語り出した

「お前がだれを選ぼうと、どこに行こうと、俺には、関係のない話だ」

好きにしろ、と付け加えられたその言葉が、ざっくりと胸をえぐる

耳をふさごうにも、両の手は、捕われたまま

「お前がだれを選ぼうと、どこに行こうと、俺を選ばせる、俺が、連れ戻す」

(あ、)

どこかで、聞いた言葉

「地の果てまでも追いかけて、連れ戻す」

(『地の果てまでも追いかけて、連れ戻す、といったらどうする?』)

(『帰るまでに、考えて置けよ』)

(後者、ならばその日は、永遠に来はしないだろう)なんて)

「さいと、さん」

息が詰まって、うまく声が出ない

笑えていたかも、わからない

「連れ戻して、ください」

それでも、答えは一つ



「仕方ねェなァ」

ぬくもりに包まれる

もう永遠に、失ってしまったと思っていたぬくもりに

頭をなでられる

大きくて、かたくて、やさしくてぶっきらぼうな、斎藤さんの、手で

「…にしても、言い方が意地悪です」

「こうでもしねェと、いわねェだろう?」

そうだ、

自分の口から、言わなければ伝わらない

居心地のいい場所で、うずくまって、甘えていてはいけない

自分が望んでいることから、目をそむけちゃいけない



「斎藤さん」

「ん?」

胡坐をかいて私を膝の上に乗せた斎藤さんは、楽しそうに首を傾げて、私の顔を覗き込んだ

「私は、斎藤さんのことが、」

楽しそうに笑う目の奥の光は、優しい

大丈夫、大丈夫、落ち着いて

「世界で一番、斎藤さんの、ことが」

まっすぐ目を見て、言わなくちゃ







「斎藤さんの事が、好きです」

へらりと笑ってみせると、斎藤さんは私の顔をその胸板に押し付けた

「良く言えました」

おどけて見せるその声が、愛おしい、とそう感じる

私は、斎藤さんの胸板から顔を上げて、腕の中から斎藤さんの顔を見上げた

「斎藤さんは?」

そういうと少し面喰ったような顔をされた

「…言っていなかったか」

「一回も聞いてません」

斎藤さんは、両手で私の頬を包み、今度は、優しく口付けた

「愛している」

「っ………」

さらり、と恥ずかしげもなく告げられたその言葉は、私の顔を真っ赤にさせるには十分で

私は、再び斎藤さんの胸に顔をうずめて、小さく

「私もです」

と告げることしかできなかった











懸命に愛します
(だから何度でも連れ戻してください)
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