皆片思い。








「雲雀さん!」

いつの間にか聞き慣れてしまった声がする。
川岸で一人寝転んでいた雲雀は、瞼を開いてゆっくりと体を起こした。

「お。恭弥じゃねーか」

聞き慣れた声はそのひとつだけじゃなく。
もう一人の存在に気付いて、雲雀は僅かに眉を顰めた。

「…何か用?」
「買い物の帰りなんです!それで雲雀さんを見つけて思わず…」
「おい恭弥。そんな薄着でこんなトコにいると風邪ひくぞ」

まるで綱吉の言葉を遮るように。
ディーノがいつもの調子でまくし立ててくる。
雲雀はまた微かに、眉を顰めた。

「それで雲雀さんはこんなところで一体何して…」
「恭弥はただ一人で居るのが好きなだけだろ。な?」

ああ、まただ。
ただ群れている様を眺めているだけなのに。
いつもより、苛々するのはどうしてだろう。

よく解らない。
けれど、雲雀はようやくその唇を開いた。

「その呼び方、止めてくれる?」
「え!?」

驚いたのは綱吉だった。
急に喋ったかと思えば、意味が解らず。

けれど雲雀の瞳は最初から微動だにせず、じっと、不機嫌そうに綱吉だけを見つめている。

「あ、あの雲雀さ…」
「はは、そりゃ悪かったな雲雀!これでいいか?」

ディーノがいつものように豪快に笑った。
ああ、ディーノさんに言っていたのかなんて綱吉が納得する間もなく、雲雀は余計に不機嫌な表情を作ってその場から立ち上がった。

「帰る」
「え!?あ、ちょ、雲雀さ…!」
「付いて来たら噛み殺すよ」

けれど、反射的に綱吉は雲雀の背中を追う。
そして綱吉のその腕を、ディーノが掴んだ。

「ディーノさん!?」
「行くなよ、ツナ」

一転、真面目な顔をして。
感情のまま、ディーノは綱吉の腕を強く引いた。

「行かないでくれ」

ディーノは気付いている。
雲雀が、綱吉に惹かれているということも。
そしてそれに、雲雀自身が気付いていないということも。

綱吉もまた、同じであるということにも。


『その呼び方、止めてくれる?』

きっと、あれは無意識だったのだろう。
無意識の嫉妬に気付くこともなく、思い付いたことをただ、そのまま。

雲雀、なんて呼び方じゃなく。
恭弥、と、もっと近くに。

そんなんじゃ伝わる訳がないのに。
もう少しで芽生えそうな、不器用で美しい感情。


けれど。
俺が、邪魔をした。


「ディーノ、さん?」

戸惑う綱吉の表情に、ディーノはハッとする。


「いやっ、ほら…夕飯遅れちまうだろ?」
(恭弥のところになんて行かないで、ずっと俺の傍にいて)


一番大事なところは、失うのが怖くて心の内に隠したまま。

幼稚な感情に任せて、ただ、二人の邪魔をするような真似ばかり。
醜く足掻いて、今にも開きそうな蕾を刈り取っていくことしか出来ない。


母を求める幼子のように。
ディーノは一層強く、綱吉の腕を握り締めた。



ああ、なんて、大人げない。
(それでもお前を失いたくない)

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