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小さな異変とため息と
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開店から間もなくしてレストランに数人の客が来店した。
静かな印象のレストランだからかあまり会話も聞こえない。
ただ青ざめた顔をした客だけが料理の感想をぼそぼそと述べていた。
唇は寒さに震えるかのような青色に変わり、目は生気を失った光りを放ち、額には冷や汗が流れる。
それこそお客様の最高の反応なのですと、この前闇のギャルソンが言っていたのを思い出す。


「今日もいい感じニャ。お客さんはすっかり落ち込んでるニャ。あとはデザートを出して終いかニャー」


喉をごろごろと鳴らして料理を堪能する客の様子を厨房から盗み見ているのは化け猫。
タイミングを見計らってデザートを運ぼうと隣にいたギャルソンに視線を送る。
いつもなら目が合って何も言わずとも指示されるのだが。
ギャルソンは化け猫の方を見ておらず、どこか上の空といったような様子だった。


「支配人?」
「…え?あぁ、お願いします」


首を傾げながら声をかけてみると、一応訊ねていた事柄は分かっていたらしい。
単純な化け猫はさすが支配人ニャ!と笑みを深くすると用意したデザートをようやく運んでいった。





「…にしても」


閉店後、レストランで後片付けをしていた化け猫は椅子をテーブルの上に上げながら考えに耽る。


「今日の支配人はおかしいニャ」


あの後、何回もぼんやりとしては何か悩んでいるような表情をしていたし、視線もどこかへ向いていた。
まさに心ここにあらず。
何か悩み事でもあるのだろうか、何か追い込まれているような状況に立たされているのだろうか。
もしそうだったら自分が支配人をなんとか救ってやりたい。
そしたら感謝とかされちゃって、あの支配人に感謝される!?なんて幸せニャ!


「きっと照れながら言うんだニャー。かわいいニャー」
「ニャーニャー言ってないでさっさと手を動かしなさいよ」


妄想を繰り広げていた化け猫の背後から、箒を持ったおきくちゃんがその箒で背中を突っついた。
その拍子に風船が針で刺されて割れたかのように妄想がパンッと弾いて消えた。


「あぁ!何するニャ!」
「注意しただけじゃない」


嘆いておきくちゃんに詰め寄ると彼女は迷惑そうな顔をして掃除を再開した。
脳内で展開されていたにゃんにゃん妄想を取り払われた化け猫は毛を逆立て、椅子で爪研ぎを始めた。
「なんて大人げない」と哀れむような目でおきくちゃんが見ていると、一日の売上を帳簿に付け終わったギャルソンがやってきた。


「お疲れ様です、皆さん」


いつもの笑みでスタッフ達を労る言葉を投げかけるとそこにいた全員がたちまち元気になる。
因みに瞬発力のいい化け猫は既に爪研ぎを止め、普段の表情に戻っていた。
皆がまたそれぞれの仕事へ移ろうとするのとどさくさに化け猫はギャルソンの近くへ寄る。
感謝されるかされないかは別として、何が理由で彼は悩んでいるのかを知りたかったからだ。


「支配人、今日は大丈夫だったニャ?」
「はい?」
「なんだかぼんやりしてたから心配だったのニャ」


自分に解決できることなら助けになりたいとは思う、がきっとうまくはいかないだろう。
なぜなら彼は他人の助けを必要としないからだ。


「あぁ…そうですか?」


ほらやっぱり、と化け猫の思う通りギャルソンはゆっくりと視線を逸らせた。
分かってはいたもののそうされると胸のあたりが痛くなってしまう。


「以後気をつけます」


離れていくギャルソンの背中を見つめることしか出来ず、化け猫は小さくため息をついた。
彼を支えられる存在になりたいと思うのはおこがましいことなのだろうか。
自分にできることは彼が歩み寄ってくれる時まで静かに待っていることだけだ。
次第に重い気分になってきた化け猫は暗い気分を吹き飛ばすために大きく伸びをした。
来ないのならその時が来るまで前向きに待てばいいだけのこと。
気長に待つことにしようと化け猫は軽くため息をつき、ロビーに立っていたギャルソンの背中を再び見つめた。
ふとレストランは既に閉店している筈なのに、何故彼はロビーにいるのだろうかと疑問に思う。
しかも彼の目線を追ってみれば見つめているのはレストランの扉だった。
まるで誰かの来訪を待っているかのよう。


「…まさか」


瞬時にある人物の顔が頭を通り抜ける。
そういえば近頃は通い詰めだった彼の姿は見かけていない。
もしや待っていたというのか、あの人物を。


「あの小学生かニャー!!支配人を奪っておいて、尚且つあんな顔させるなんてとんでもない奴ニャ!今度来たらメカ金次郎ミサイルでぶっ潰す!」
「キャラ変わってるわよ」


憤慨する化け猫におきくちゃんは先程より力を込めて箒で喝を入れ、掃除をやらせた。

一方厨房に戻ったギャルソンはというと。


「…紅茶の葉が台無しです」


茶渋が付いたティーカップと開きっぱなしの茶葉とを虚しく見つめ、ため息を零していたのだった。





fin.


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