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Hello.
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プルルルル、プルル…ガチャン


「も〜しもし、お電話ありがとうございます。当店ではお電話でのご注文も承っておりま…」
『お仕事お疲れ様』


受話器の向こうからもう聞き慣れてしまった常連客の声が聞こえた瞬間、私の全てが固まってしまった気がしました。


「………」
『あれ、もしもし?回線切れたかな』
「…繋がってますよ」
『よかった。折角電話かけたのに無駄になるところだった』


こっちは営業中だというのに電話をかけてくるなど非常識すぎやしませんか。
最初の私なんて完全に仕事モードでしたよ。
普通は何も言わず耳を傾けるものじゃないですか、本当に腹立たしい。


「大体なんで電話かけてくるんですか」
『いいじゃないか。急に声が聞きたくなったからわざわざ調べてかけたっていうのに』
「気持ち悪いですよ!」
『何とでも』


あれだけ毎日通っておいて声が聞きたくなったなんて馬鹿馬鹿しい!
あなたは遠距離恋愛中のヒロインですか。


「声を聞けたのならもう充分でしょう。他の方からご注文がくるかもしれませんし、もう切りますよ」
『ちょっと待って!』


呆れて受話器を置こうとしたのに焦ったような制止の声が聞こえてきたのでつい手が止まってしまいました。
そういうところは自分でも甘いと思ってしまいます。
再び受話器を耳に当てると向こうからは低い声が聞こえてきました。


『…もう少し、このままで』


いつもよりしおらしいあなたの声が頭の中で響きます、それはもう痛くなるほど。


「我が儘ですね」
『そうだよ』


自覚しているなんて余計にたちが悪い。
こっちは忙しいというのにあなたに付き合っている暇なんてないんです。
そんな気持ちを押し込めて大袈裟にため息をついてみると、何故か向こうからは笑い声が聞こえてきました。


「なに笑っているんですか」
『だって、可笑しくて』


笑いを押し殺しているようですが受話器から丸聞こえなんですよ。
眉間にシワを寄るのを堪えて何が可笑しいのかと問うてみたら。


『今だってギャルソンさん、文句言いながらもこうして繋げてくれてるから』


その台詞に自己嫌悪。
自分の甘さにため息しかつけず、怒りを通り越して力が抜けてしまいました。
あなたと会話していると疲れます。


「…もう切りますよ」
『うん』
「お元気で」
『また明日』
「もうかけてこないでください」
『なんで?』
「なんでも、です」


そう言った後、耳から受話器を離れさせ通話を終わらせました。
受話器を置く時、微かに声が聞こえたのは気のせいだということにします。
感謝の言葉を贈られるほど私は優しくありませんので。


そしてまた電話のベルは鳴る。





fin.


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