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こい焦がれ
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カメラを通して見る世界は現実とは異なるものを写してくれる。
だから噂を聞きつけてはカメラを構えて色々な場所を訪れた。
実際、カメラには現実とは異なるものがいくつも写りこんだ。
だがこのレストランは違う。
カメラで何度試しても写るのは黒い映像だけだった。
きっとこの場所が現実とはかけ離れているからだろう。
だからこの空間にいる自分は異なっているから、こうして肉眼で異なるものを見れる訳で。


「…何見ているんですか」
「いや別に」


視線に気付いたギャルソンが睨みつけてきたので、ショウは素知らぬ顔で本に視線を落とした。
耳にギャルソンのため息と離れていく靴音が聞こえたのを確認して再びそっと目を向ける。
厨房では料理を焦がす火の玉ボーイに注意を入れる姿が見える。
ギャルソンも火の玉もカメラを通さなくともショウには見える。
それが不思議だと思わなくなったのはこのレストランに毎日通っているからだろうか。
ここで見るもの聞くもの全てが好奇心を駆り立て、それに囲まれて過ごすこの時間はかけがえのないものだ。
ましてや現実では見れなかったものが自分の目で見れる、なんて素晴らしいことだろうと思った。
しかし。


「甲本さん?」


澄んだ声が上から降りかかってきて、いつの間にかぼんやりとしていたのだと気付く。
テーブルの横にギャルソンが立っていて、少しだけ心配そうにショウの顔を覗いた。


「声をかけても何も答えないのでどうされたのかと思いました」


いつもの幽体とは違う人間の姿の彼がいつもの紅茶をテーブルに置く。
心配の言葉を言っていてもはやく帰れという態度は変わらないらしい。
珍しく気を遣ってくるギャルソンにはにかみながら訊ねてみる。


「気にかけてくれたとか?」


すると自分の失態に後悔しているようで、即座に顔を逸らされた。
全く素直じゃない人だとカップを手にしながら背中を見ているとふいに振り向いて言ってきた。


「それを飲んだら…」
「帰れ、でしょ?」


耳にタコができるくらいいつも言われてるから、と皮肉るとギャルソンは「分かってるなら良いですけれど」と何か不満げに踵を返して、近くのテーブルの上を吹き始めた。
紅茶を飲みながら動く姿を見つめる。
細い指、長い腕、青白い顔。
彼が存在しているのをこの目で見ていると現実なんじゃないかと錯覚してしまいそうで。
なのにカメラには写らないのを見るとやはり現実とは違うのだと自覚させられる。
カメラに残されない、ギャルソンの姿。
あちら側に持っていってはいけないということなのだろう、だがカメラに記録が残らないなら直接脳に残せばいい。
そんな理由で最初のうちは興味の対象として見つめていた。
頭に焼け付けたい、あなたの全てを。
現実ではこうやって話すことも会うことも出来ないのだから。


「ねぇ、ギャルソンさん」


ふと名前を呼んだ。
背中を見ていたら寂しさを感じたからだ。
証拠にギャルソンの顔を見た瞬間、こんなにも安心した気持ちになれる。
ただその言葉の続きを考えていなかったのでショウはしばらくしてまた本に視線を落としてしまった。
ギャルソンは一瞬だけショウを見て何かを言おうとしたのか口を開くが、厨房の方で爆音が聞こえて慌てて走って行ってしまった。
それを目で追いながらショウは大きく息を吸って、吐く。


「ずっと見ていたいのに」


何かが焦げた臭いが鼻についた。





fin.


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