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誰がため
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「こんばんは」
「…いらっしゃいませ」


あぁ開店早々姿を見ることになるとは、とお化けギャルソンは一旦顔を背けてため息をついた。
我が物顔で入ってきたショウは気分が良いのか、いつもより増して微笑んでいる。


「ため息をつくと幸せが逃げるよ」
「そもそも幸せじゃないので心配なさらなくても大丈夫です」


背中を向けつつとりあえず席の案内をする。
ろうそくの灯りだけの誰もいないレストランはどこかしら寂しげな雰囲気だ。
一人にしては充分過ぎる大きなテーブルに案内すると、後ろからついてきていたショウを見返った。


「ではこちらに」
「こっちの席が良い」


そう即答するショウが指差した場所はギャルソンが案内したテーブルとは全く違う場所だった。
思わず眉間にシワができるが、そこは威厳を見せつける為に堪えて笑顔を作る。


「だったら最初に言ってください」
「後ろ姿を見続けたくて…」
「はい?」
「いやなんでもない」


途中、声が小さくて聞き取れずギャルソンは顔を傾けるが、ショウは素早く背を向けると昨日と同じテーブルの席に座る。
そういえばその前の日も、前の前の日も、ずっと前からその席に座っていたということを今更になって思い出した。
そこまであの席に座る理由があるのかとなんとなく不思議に思った。


「あの子、そこがお気に入りなのね」


厨房に移りいつものようにショウに出す紅茶を淹れていると、本日のスタッフとして来ていた幽霊ねえさんが着物の裾で口元を隠しながらふわりと横に寄る。
隠していても目が細く三日月型になっているところを見ると笑っているらしい。
ギャルソンは手を動かしながら彼女に目配せをしつつ訊ねる。


「どういう意味です?」
「そのままよ。あの子はあの席を気に入っているの」
「理由になっていませんが」
「あら、察しのいい支配人なら分かると思っていたのに」


以外と鈍感なのね、と彼女は火の玉と一緒にゆらゆらと浮いてから一段と目を細くして笑う。


「本当の理由、知りたい?」


そう言うと口元を隠していた裾から有り得ないほどにつり上がった口角が覗く。
さすがは幽霊といったところか、一般客が今の彼女の顔を見たら震え上がって声も出せずに固まるだろう。
だが目の前にいるギャルソンは同族。
平然、かつ疑り深い目で彼女を見た。
彼女は本当に理由を知っているのかと。


「簡単なことよ」


視線を送られただけでギャルソンの言いたいことを理解し、得意げに胸を張ると周りの火の玉も連動して小さく踊る。
そして厨房から直接見えるショウを横目で見て、ギャルソンに耳打ちする。


「あの席は唯一この厨房が見える場所に位置しているの」


頭が痛んだような気がした。
呆れたように薄く笑うことしかできない。


「…それだけですか」
「それだけ」


くすくすと笑う幽霊ねえさんの横で深く長いため息をつくギャルソン。
そんな意味も分からない理由であのテーブルに執着していたのかと思うと、ショウがますます分からなくなってくる。


「可笑しな子に気に入られちゃったわね」
「他人事みたいに言わないでください」
「実際他人事でしょう?」
「昨日同じことを化け猫にも言われました」
「あら、失礼」


笑いながら厨房の奥へ消えてゆく彼女。
ギャルソンは仕方なしに用意が整った紅茶セットを持ち、ショウのもとへと運ぶ。
テーブルではやっと来た、というような顔をしたショウが出迎えた。


「遅かったね。何の話をしていたの?」
「甲本さんには関係ございません」


丁寧な言い方で跳ね退けるような台詞を吐き、良い香りがする紅茶を差し出した。


「それを飲んだら帰ってくださいね」
「昨日もそうだったじゃないか」


笑って答えるショウはどこか楽しそうで。

未だにこの少年が分からなかった。
何故このレストランに日通いするのかも、厨房が見えやすいこの席に座るのかも。
何故、こんなにも突き放しているのに歩み寄ってくるのかも。


「変わりませんよそれは」
「…そう」


歩み寄ってくる癖にそうやって時折寂しそうな顔をするのも。
分からない。


「分からないんです」


つい思っていたことを口に出してしまった。
ギャルソンは言った後でしまった、と苦い表情をするが完全にショウには聞こえていたらしく、「何が?」と訊ねられてしまった。
その時わざとやっているのか偶然なのか、ショウが上目遣いに訊いてきたのでギャルソンはどきりとする。


「(…って、何ときめいてるんですか!)」


心の中で頭を抱えてそっちの方向だけには行くなと叫んだ。
この人物には狂わされてばかりだ。


「い、いいからともかくそれを飲んだら帰ってください」


はぐらかす為にそっぽを向いて違うテーブルに置いてあった花瓶の位置を直しているように見せながら早口で言った。
そんな慌てるギャルソンの姿が珍しいのか、ショウは目を向けながら紅茶を飲む。
本当は飲んだら帰らなくてはならないのだけど、と苦笑すると彼はある事に気付いた。


「…あ」


今飲んだそれは自分が好きなアールグレイの紅茶だった。





fin.

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