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常連客と支配人
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夜になれば開店するそのレストランにはある常連客がいた。
ロビーの扉が開く音を聞いて、このレストランの支配人であるギャルソンは化け猫との会話を中断して静かに向かった。
本人は今夜も料理を味わいに来た普通の客かと思っていたのだが。


「こんばんは」


ロビーに金髪碧眼の少年が立っているのを見て、ギャルソンはややげんなりとした顔をする。
それでも営業中だと引き締めて咳払いをして軽く頭を下げた。


「…いらっしゃいませ甲本さん」
「甲本さん、なんて他人行儀やめてくれないかな」


そう言って口元だけ微笑む彼は表情と容姿に似合わない凄まじい威圧を放っている。
顔を引きつらせながら目を逸らす。


「仕事柄染みついてしまったもので」
「そう」


威圧感を上手く受け流すと甲本ショウは不服そうに小さく呟き、ロビーから勝手に空いている席へ歩いてゆく。
相も変わらず自分勝手なお方だとギャルソンはショウの背中を見る。
何故あちら側の人間がこのレストランに平然とした顔で出入りできるのかギャルソンは分からない。
ただ、ショウはある日突然このレストランにやってきたのだ。
最初に来たのは夕暮れ時で開店していないときだったので、ただの廃虚を探索しているようなものだったが。
なにをどうやって嗅ぎつけたのか、その数週間後にレストランのロビーにはショウが立っていた。
―――背筋も凍るような料理、出してくれるんでしょ?
そう不適に笑って。
それからは頻繁に訪れるようになった。
初めは驚いたものの、きちんと客として扱ってはいたが何せ相手は怪談好きだ。
いくらとっておきの料理を出しても怖がるどころか目を輝かせて味わっている始末。
出す分にはいいのだが、周りの客がそれを見て「これって余り怖くないんじゃない?」と耳打ちされてはレストランの品格が問われてしまう。
それが近頃のギャルソンの悩みだった。

厨房に向かうと手際良く紅茶セットを用意した。
今は客がショウだけなので、シェフ番の化け猫は厨房の隅でつまみ食いをしているから使い物にならない。


「またあの小学生ニャ?物好きニャ奴もいるもんだニャ」
「…他人事みたいに言わないでください」
「実際他人事ニャ」


魚を骨だけになるまで食らう化け猫を軽く睨みつけて、ギャルソンは踵を返した。
ホールには席で本を読むショウだけが座っており、何をしにレストランに来たんだとテーブルに淹れたばかりの紅茶を無造作に置く。


「これを飲んだら帰ってください」
「まだ来たばかりなのに」
「本を読む為に来店したのですか?」
「違うさ。面白い話を聞きに来たんだよ」
「でもあなたは当店の料理をとても楽しそうにいただいている。それはいけないのです」
「何故?」
「…ここが怪談レストランだからですよ」


深い理由はあえて言わずにあなたのような方はお断りです、とギャルソンは背を向ける。
これで少しは自覚しただろうかと得意気に腕を組んだ。
「僕はこのレストランに来る資格がないみたいだ」という台詞が聞こえたら上出来だろう。

胸を踊らせながら台詞が放たれるのを待つ。
だがいくら待っても声は聞こえてこない。
ギャルソンはそっと顔を向けてショウの様子を伺ってみる。
すると彼が丁度カップに唇を当てているところで目が合ってしまった。
ショウは微かに笑みを浮かべ、湯気がたつ紅茶を一口喉に通すと静かにカップを受け皿を置く。


「僕は紅茶だとアールグレイが好きなんだ」
「………はい?」


まさかここまでスルーされるとは。
ましてや紅茶の好みなど誰も訊いていないではないか。
白い拳をプルプルと震わせるギャルソンに、ショウは首を傾げて言う。


「もしかしてアールグレイ知らないとか」
「知ってますよそれくらい!」


声を荒げてしまったことに少々大人げない、とひとつ咳払いをすればショウが声を殺して笑っていた。
どこまで人を、いや幽霊を小馬鹿にするつもりだとだんだん腹が立ってきて、ギャルソンは紅茶セットを戻す。


「笑っていないでとっととお帰りください」
「はいはい。これ以上機嫌を損ねない内に帰りますよ」
「もう充分損なってます」


渋々といった表情で本を手に持ち席を立つ。
案外先程の台詞が効いたのか、すんなりとロビーの扉に向かい。
そしてドアノブに手をかけたところでショウは思い立ったように立ち止まり振り向く。


「また来るよ」
「えぇ、閉店後にお越しください」


皮肉たっぷりに礼をするとショウは少しだけ苦い表情をする。
彼がそんな顔をするとは思いもよらなかったので、自分で言っておいて口を尖らせた。
後は何も言わず、レストランを出て行くショウの背中を見送る。
扉が重い音をたてて完全に閉まるとギャルソンは何か腑に落ちない様子でホールに戻っていく。


「まるで私が悪人みたいじゃありませんか」


厨房で未だにつまみ食いを続けている化け猫に喝を入れ、次の来客の為の準備を始めた。
また明日の夜も来るのだろうか、いやもしかしたらもう来ないかもしれない、けれど。


「…化け猫」
「ニャ?」
「アールグレイはありましたっけ?」


念のため、確認しておこうと思う。





fin.


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