* いろいろ *
□ * 拍手小話集 A *
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【ギンヒツ】
市丸の真意を知らなかった頃に書いた離反中の話・市丸視点
* I love you *
白い壁を切り取った細い窓から、欠けた月が室内を照らす。
殺風景な部屋に置かれたソファに寝そべり、淡い月虹で滲む闇を眺めていたらちょうどこの時期、あの子と過ごした夜を思い出した。
『お月様見上げてどないしたん?』
『いや…。ウサギが餅つきしてるようには見えねぇなぁ、と思って』
『…どないしたん、急に』
『…どうもしねぇけど!昔の人は詩人だなと思っただけだっ』
しまったと思ったのだろう。
照れ隠しに慌てて作った仏頂面すら愛しくて、抱き寄せて口付けたのは遠い遠い昔の思い出。
「……」
懐かしくて穏やかな過去に苦笑して、中央で餅つきをしているらしいウサギを捜し、目を凝らした。
…どこがどれやねん。
しばらく眺めたけれど、あの時のあの子と同じ。見上げる市丸の目にもウサギの姿は映らない。
ここは瀞霊廷よりも静寂に包まれ、月見を邪魔する無粋な連中は存在しない。
空は澄んで月は大きく、それこそクレーターの海さえもくっきり見える不可思議な場所。
なのにあの子と過ごした晩よりも闇の濃さも輝きも味気なく思えるのはどうしてだろう?
むしろ書類を持って追いかけてくる部下も、会えば睨んでくる爺様も、豪快な幼馴染も、事ある毎に勝負に持ち込まんとする同僚も、研究させろと隙を伺う科学者も、そして
『ウサギさんには見えへんけど、綺麗やしええんやない?』
と笑いかけた自分に
『そうだな』
と答えたあの子すらいない。
秋月を愛でるだけならこれ以上ない状況なのに。
いや、こんなつまらない場所だからこそ、美しさも半減してしまうのだろうか。
「綺麗なんはキミと一緒に居るからやね…」
でこぼこした月面を眺めながらその時の会話の続きを口に出す。
それはとある文豪が和訳した“愛してる”の引用で、直接的に愛を囁くのが無粋だった時代とは言え、愛しい人と見れば特別だなんてよく言ったものだと思う。
きょとんとするあの子にそう説明したら、真っ赤になってバカじゃねぇのとそっぽを向かれてしまったけど。
「さすが作家さんやとボクは思うで?」
だって今、ホンマに味気ないもんなぁ。と、がらんどうの部屋の中、一人ごちて緩く笑った。
もし、もう一度同じ場面に立てたなら。
前とは違う言葉を言おう。
照れ屋なあの子が恥かしくない様に、愛を告げているとは口にせず、
『来年も再来年もこの先もずっと、一緒にお月見しような』
さらりと言って、戦う道を選ぶのだ。
なァ、
もし、もし許されるなら―――。
もう一度、
そんな未来を夢見てもええやろか。
-オワリ-
いつも御来訪ありがとうございます!ほんと久々で申し訳ないです…;
市丸生誕合わせなので甘々にしたかったのですが、急遽書いたのもあっていつもの切な甘に…。
イマイチ生誕向きじゃなくてすみません><
それからこちらは、夏●漱●先生が英語教師時代に「日本人なら I love youを『月が綺麗ですね』とでも訳しなさい」と言ったという逸話を拝借しています。
すっごい粋!(恐れ多い真似してごめんなさい!!!!汗)
ご来訪ありがとうございます^^
2009/9/12 ユキ☆