* いろいろ *

□ * 拍手小話集 @ *
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* 小さな角 *





「…はァ?何言ってんだお前は。くだらねぇこと言ってねぇで仕事しろ、仕事」


連日の書類整理に現実逃避を始めた副官に、氷点下の視線を投げかける。

だらだらやっても、手早くやっても、結局処理しなければならない量は変わらない。
それならば、無意味なことに頭を働かせている間に、一枚でも多く終わらせた方が良いだろうに。

すると、呆れ顔を隠しもしない日番谷に、松本が頬を膨らませた。


曰く、1時間に15分の休憩を取らないと効率が悪い、とのこと。

そういう事は、日頃きちんと仕事をしているヤツが言うもんだ、と言ってやれば、パワハラだのセクハラだの騒いだ挙げ句、イライラは美容にも仕事の効率にも悪い。こんな時は甘いものですねッと言い出して、こちらが呆気に取られている隙に席を立ち「行ってきます!」と敬礼をした。



「……ま、待てッ!!」

松本の翻った死覇装の袂が見えなくなる直前に、はっと我に返り制止の声を上げる。しかし戸に向かって伸ばされた腕は憐れ空を掴んだ。

呆然と固まっていた日番谷だが。数秒の後、所在ないそれを落とすと諦め混じりに頬杖をついた。



………やられた。また逃げられた。


未処理の書類残量など、見なくても解る。
にも関わらず、つい松本と自身の机の上で、でんとその存在を主張しているモノに目をやってしまい、危うく眩暈を起こしそうになる。


最早怒りを通り越して脱力。沸騰して気化。
俺の教育が悪いのだろうか。やっぱりこれはナメられてる?

少々凹みつつ、次は絶対に減給してやる。と決意を固めた。



それと共にもうひとつ。

先程はくだらねぇ…「隊長の好みってどんなタイプなんですかぁ?やっぱりギン?」というほんっとうにどうしようもなくくだらない質問を鼻先で一蹴したのだが、松本のお蔭で答えが見つかった。というより、最低限の条件を今決めた。


少なくとも、



「仕事をしないヤツはイヤだ」

「…ボ、ボクはサボりやないで?」

独り言に、突如窓枠の向こうから現れた恋人が、珍しく声を焦らせて背後から腕を伸ばして来た。
そしてこちらの首にかじりつき抱き寄せるもんだから、うぐ、と喉がつまる。
それに気が付かないのか、ぎゅう、と抱え込む細腕に似合わぬ力強さに、日番谷はばたばたと暴れた。

その甲斐あって、締め付ける腕からどうにかこうにか逃れれば、あ!と不服そうな声が上がる。


「…ッげほ!お、俺を殺す気か!?」

「堪忍、…つい」

つい、で殺されてはたまらない。
喉を押さえ咳き込みながら振り返ると、銀髪の長身が苦笑いを浮かべて立っていた。




☆ ☆ ☆




「で、なんかあったん?」

日頃生真面目な日番谷が、やる気なさそうに筆を弄ぶ姿を不思議に思い、ソファから声を掛ける。それも執務机に少しでも近づけるように、端っこから身を乗り出して、である。

日番谷を窒息させかけた罪で、ソファから動かない事を条件に部屋に入れてもらえた為、これが最も近い位置。

それをチラリと横目で見遣り、筆を弄んでいた手を止めた。


低めの、不思議と耳に甘いその声の持ち主は、逃げた部下の昔馴染み。



「そうか、てめぇもか」

「へ?」

「うん、わかった」

「だから何が」

「いやいい」

「何やのそれー」

自分がこうして溜息をついているように、コイツの隊では金髪の青年が半泣きになっているに違いない。

だから自分の教育の問題ではない。とひとり納得し説明もない日番谷に、煙に巻かれた格好となった市丸が、ソファに乗り上がると肘掛についた両の掌で、体重を支えぐいと上半身を乗り出した。

そして日頃くっきりと弧を描く唇を、不満げに尖らせて、なぁなぁ、などと食い下がる。


その子供のような素振りがおかしくて、日番谷が笑い、市丸が更に頬を膨らませた。



「まぁええけどー…」

笑っているのなら、大した事ではないのだろう。

大方乱菊が逃げ出したとかやろね、と吉良が聞いたら泣き出しそうな事を思いつつ、身体を引く。肘掛に凭れるように頬杖を付くと、長い足を組んだ。

視線の先には、まだ笑いを零す可愛い恋人。自然と頬が緩んでしまう。
しかし日番谷としては、じっと見つめられて居心地が悪い。

あえて難しい顔を作り、状況打破の為席を立った。



「茶、飲むか?」

「おおきに。…あ、でも待ち」

珍しく親切に言ってやれば、呼びとめられる。



「あ?」

給湯室に向かっていた足を止め、くるりと振り返ればちょいちょいと手招きをする恋人。



――いつもならば、ここで側に寄るような危険な真似はしない。絶対にしない。


なのに従ってしまったのは、恐らくは先ほどの子供のような姿を見てしまったから。

何となく可愛気を感じてしまったのが大きな間違いだ。



「つっかまーえたっ」

妙な節をつけた狐が、一層にこにこと、というより口許を緩ませて日番谷の腕を引っ張ると、そのまま膝の間に小さな身体を挟みこむ。


「〜〜〜っ!お前なぁぁ!」

市丸が座っているため、身長差はほぼない状態。

自分の単純さと純粋な恥ずかしさから、かぁっと頬が火照った。そのせいか、睨み付けてもどこ拭く風で、にんまりと笑われる。
騙しやがって、と文句を言いかけたのだが。向かい合わせで嬉しげに笑われると、怒りにくくなるではないか。

日番谷は諦め半分で息をついた。…が。



「動いてへんもーん」

ほらほら、と日番谷ごと身を揺すって、言いつけを守っている事を主張する。何も知らない市丸は、タイミング悪く、実に余計な主張をした。

それに微かに瞠目し、先ほど確信を得ていた日番谷は目を伏せる。



――やはり、自分の教育のせいではない。尤もらしい理屈をこねるところもそっくりだ。


ふ…、と口角を上げる。それに「むむ?」と市丸が異変を察知した時。



「…そういう問題じゃねぇーッ!!」

「ひぁっ!ちょ、日番谷さーん!?」

可愛く腕の中に納まっていた少年が、突如霊圧を上げた。それに慌てて逃げる市丸。



「動かねぇんだろ?なら大人しく座れよ…、ここに」

にっこり。と、先刻の余韻で染まった頬も愛らしく、指で目下のソファを指し示す。しかしもう片方の手には青白い霊圧のかたまり。



「いや、ええねん」

何が良いのか、日番谷とその手のひらの上をちらちらと見比べながら、壁に張り付き首を振る市丸。



「遠慮すんなよ。…今日こそきっちり教育してやるッ!!」

「ひゃぁ〜〜〜!!!」


どごぉん!という大砲のような音が、執務室に木霊したのであった。






「参ったわねぇ…。入れないわ」


市丸が侵入した窓の下で、しゃがみこみ大量に購入した蕎麦饅頭を頬張りながら、松本は膝の上で組んだ腕に顎を乗せる。

上手い具合に上司の怒りを幼馴染に押し付けて、今日も平和ねぇ、などと思いつつ、轟音と悲鳴を背後に空を眺めた。





- オワリ -

小さな角=ちょっとしたヤキモチ
ということで(笑)

ご来訪ありがとうございます^^

2007/12/16 ユキ☆

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