俺は、如何にもという雰囲気が苦手だ。
嫌いなんじゃない。ほんと苦手なんだ。
男同士なんだし、ムードとかいいからひとおもいにやってくれ!と思う。
だけど、アイツはわざとこちらの反応を引き出して、楽しんでやがる。
俺はどうもそれが我慢できなくて、ついそういう雰囲気にならないように逃げてしまうんだ。
しかし。
いつもは「いけずやなぁ」等々言いながら逃がしてくれるのだが、今日は。
「ホンマ日番谷さんはデリカシーがあらへんなぁ」
どうしたことか、ぶつぶつ、という呟きが聞こえそうな調子で市丸が不平不満を言いだした。
何がデリカシーだ。慣れない単語使いやがって。
「うるせぇな…」
本を読む俺に、ぶつぶつ、ぶつぶつ。
「ムードがない」だの「せっかち」だのうるせぇっての。
そもそも女相手じゃあるまいし、何でそう雰囲気を出してくるんだ。
……てか、解るだろ?苦手なんだよっ。
何が苦手って、…あの、目が。
普段は狐目のくせに、そんな時ばかりじっと見つめてくるから…困る。
……あぁ、そうだよ。
苦手なんは、恥ずかしいからだ。
あの目で見られると、居心地が悪い。
「せや」
急に、市丸が良い事を思いついた!と言わんばかりに明るい声を出した。
こんな時はロクな事がない。経験上熟知している俺は、少々警戒しつつ顔を上げた。
「…なんだよ」
「苦手なんやったら、仰山して慣れたらええやん」
「はぁ!?」
なんでそうなる!
思った通りロクな事じゃない。
相手に肩を掴まれて正面を向かされる前に、慌てて顔を背けた。
「な?ええ考えやろ」
「どこがだ!」
嬉しそうに言う市丸に、俺は思い切り否定する。
しかし少し離れていたアイツが、俺の側に移動して来た。
こうなってくると「そんな嫌がらんでもええやないの」とか言って笑ってくれる…わけがない。
どうしていいかわからず、壁にもたれ掛かったまま目線だけは本に集中させるが、既に意味など理解出来ない。
市丸がこちらを見ているのは解るが、顔を上げるわけにもいかなくて、俺は文字の羅列を追い続けることで場を繋ぐ。
じっと見下ろしていた市丸の体が、本に影を落とす程近づいた。
そのまま、体格差にものを言わせて強引に来られたら敵わないのだが。こいつはそういうことはしないんだ。
無理矢理な事はしない。むしろ、もっと…、ずるくて。
「こっち、向いて?
……冬」
どういう意味で苦手なのかってこと、ちゃんと解ってる。
その上で、こうやって。
肌が粟立つ程、声が近い。
耳元で、優しく低く。痺れ薬のように。
滅多に呼ばない名を呼ぶんだ。
「……卑怯だ」
「何で?」
ふらふらと見上げれば、薄い、翠の眼が。
コイツは、無理矢理な事は、しない。
抗えないって知ってて、ただ、誘うだけ。
頬に触れる手が冷たい。
こめかみに触れる唇が、俺の羞恥をじんわりと煽る。
無意識に握り締めた手を包んで。
「……―――――」
囁きに。
背筋が、震えた。
そして楽しそうな唇が、下りてくる。
俺の苦手な
……甘いくちづけ。
- オワリ -
拍手ありがとうございました^^
2007/09/10 ユキ☆