* いろいろ *
□ * それは師走の木曜日 *
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静かな。
静かな執務室に、書類を繰る音だけがいやに大きく耳を打つ。
一枚毎に件名を確認しつつ捲っていくと、目的の書類が顔を出した。
「…これだ」
ひとりぽつん、と呟いて、吉良はその一枚を束から引き抜く。
それによってずれた紙束を机上で揃え、机の端にまとめて置いた。
硯に乗せた筆を取り、軽く墨を含ませるとなだらかな面で二、三度穂先を整える。
余分な墨汁を絞る為、試し書きの半紙に筆を走らせれば、黒い跡が紙面を汚した。
「さて…」
肝心の書類に目を落とし、最上部の日付欄に筆を運ぶ。
「今日は…じゅうにがつ、」
間違えぬように声に出した月の後に、続くはずだった日付が途絶え、それと共に筆も止まった。
―――あぁ、そうか。
それまでと異なり心の中で呟くと、吉良は無表情に壁に掛けた暦に視線を向ける。
毎年この時期になると自分と同じその場所を、愛しげに見つめていた瞳が容赦なく甦えった。
今日は―――。
苦しみを誘う言葉も記憶も、目を逸らしてしまえば良い。
心のうちに留めれば、それはないも同じ。
あの人を想う気持ちが溢れたら、今はもう罪にしかならない。
「…違う」
否定は良い。
認めるよりも容易く出来る。
自らを偽って偽って、あの人のように嘘で固めてしまえば良い。
この気持ちはあの頃の名残。あの人でなくても構わない。そう決めて笑ってしまおう。
独り言が増えたことも、この部屋が有り得ない程に静かなことも、あの小さな人が一層強く唇を引き結ぶようになったことも。
何も考えず、ただこうやって。
唇を無理に引き上げ、弧を描く。
眦の力を努めて抜けば、自然と笑みのような表情を作ることが出来た。
そしてこのまま、あの人が密かに想いを寄せた、小さくて強い人の特別な日だとか、そんなことも忘れてしまおう。
あの人に繋がる記憶がなければ、今日は十二月半ばの木曜日、ただそれだけの日。
そこで、ふと気付く。
無理に言い聞かし、にも関わらず失敗に終わる己に、泣きたくなる。
折角作った笑みも泣き笑いのように崩れてしまうけど、どうでも良いことだと目を閉じた。
歩んだ道も抱いた想いも、いっそ全部消してしまえたら。それが出来たら、どれほど楽になれるのだろう。
なのに、逃れられないぐらい強く強く縛られて、それすらも悦びだと心が謳う。
もう見る事のなくなった、狂おしい想いを秘めた視線以外は、何もかもが稀薄だったあの人の、
泣いているような笑顔の理由が、解った気がした。
たとえ何も与えられず、ただ抉られるだけであったとしても。
恋とか愛で括ることは出来ず、だけど裏切りとすらも思えぬほどに。
あなたは僕の絶対の人。
- オワリ -
2007/12/16 ユキ☆