* パロディ *

□ガンスリぎんひつパロディ A
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『I live with you 〜ボクはキミと、〜』





「…解ったな?」


高圧的な口調で一瞥をくれて、ジャンは病室のドアをばたんと閉めた。
黙って壁に凭れていたその弟は、苦笑を浮かべながらボクに向かって片手をあげる。

すまないと思うんやったらあのアニキをどうにかしいや!と消えたドアを顎でしゃくれば、ジョゼは困ったように肩をすくめて司令官様に続いて出て行きよった。


担当官のリーダー的な立場にあるジャンとは、どうもソリがあわん。

第一印象で『絶対合わへん』と思ったもんやけど、どうやらそれは正しかったらしい。こないな勘は外れてくれた方がええんやけど、こんなんに限って絶対外れんもんなんや。



何から何まで正反対のボク等が最も衝突することと言ったら、担当する義体の扱い方、やないやろか。

己の復讐の道具として義体を見るジャンは、公社の職員としては微妙やけど、担当官としては…少なくともボクよりは正しいのかもしれん。


義体とは、条件付けの元に動く…生きた人形のようなもんや。

無条件に担当官を愛し、守り、公社のために命をかけるべき存在で、…今まではボクもそれをなんとも思ってへんかった。
むしろ、無意識に命令を待つあの目が…、彼女等のせいやないって解ってても、どうしても好きになれんかった。


二、三度瞬きを繰り返し、点滴の針が抜けないようにずるずるとベッドに沈みこむ。
目に入るのは、白い壁、白い天井、白い布団。

脳裏に浮かんだガラスの瞳から逃れるように体を変えたんに、むしろあの時…あの子に出会ったあの時をフラッシュバックさせるような白に息が漏れた。



初めてあの子の素体に会うた時、小さな身体はゆっくりと死に向かっとるところやった。

そん時のボクは、義体となるには十分で、普通に生きるには手遅れな程身も心も傷ついた少年を前にしても、…正直なんとも思わんかった。
人が傷つく事には慣れとったし、無駄な感情で足を止める気やってなかったし。


だけど、キミは。
ただ己の為に見下ろすボクを前にしても、

誰よりも、ボクよりも。…生きとった。



走り続けていたボクにとって、衝撃的なあの日の出来事。

心臓を鷲掴みにされた、記念すべきあの瞬間。





「バカだろ、てめぇ」


唐突に、目を閉じるボクの頭上から辛らつな言葉が降って来た。
涼やかな声が紡ぐものは、『キミの』言葉。



「義体を庇って大怪我なんて、担当官のすることじゃねぇだろ」


ジャンと同じ事を言っとるのに、その言葉には怒りやないもんも含まれとって、ボクは覚悟を決めて目を開けた。

義体である以上、薬からは逃げられん。怪我を負えば相当量を投与されるし、それによって大きな負担を強いられる。
ボクひとりが抵抗してもどうにもならんし、今の技術ではこれが精一杯やってことも解っとる。


せやけど。
それでも。

理想だろうがなんだろうが、キミ自身を殺いでいく薬なんか、ボクはなるべく使わせたくないんや。


どんなにジャンが腹を立てても。

とんなにキミが泣いたとしても。



「…なんとか言えよ、このバカ」

「ゴメンなさい」

「口先だけで謝んな」

バカ野郎。


三回もバカと言われて苦笑するしかないボクに、枕元に立つキミが大きく息を吸って、ゆっくりと吐いた。
気を落ち着かせようとするその行為に、ボクはパーカーのポケットに突っ込んだ小さな手を取り出させて、きつく握る。



「ごめん、な」


ギザギザになった親指の爪に唇を落として、血の気の失せた手のひらをボクの頬で温める。
そのまま見上げると、硬い色の翡翠が鏡のようにボクを映しとった。



『素体から見つけた義体だから、感情的になっているだけだ』

そう吐き捨てたジャンの言葉を思い出し、ボクは軽く口角を上げる。


そういう割り切りも考え方のひとつやし、かくいうボクもそうやったし。

せやけど、義体だとか、生身だとか。世界を塗り替える程の衝撃の前ではあほらしいだけや。



だから…うん、前言撤回やな。
負担がどうとか、条件付けがどうとか、ほんまはそんなん関係ない。

愛しい子を護るために、理由なんて必要ないやろ。



「…次」


ふいに、ぽつん、とキミが呟いた。



「うん?」

「飛び出したら」

「……うん」


続いた言葉に恐る恐る頷くと、キミが赤くなった目尻をきつくきつく吊り上げて、突如温まった指でボクの頬を力任せに抓りあげた。



「てめぇごと撃ってやるから覚悟しとけ!」

「いた、ひたいてひつがやひゃんっ」

「うるせぇ!これぐらいで済んで良かったと思え!」


つまむ指に手のひらを被せたままばたばた暴れて許しを請うと、柳眉を上げるキミが急に黙り込んだ。
力を緩め、唇をきゅ、と引き結んで視線を落とす。


…泣かしてしもたんやろか。

急に俯かれた事に焦って下から覗きこめば、これ以上ない程に顔をくしゃくしゃにさせた愛しい子に。



「!!!!!」


容赦なく、じんじんする頬をぎゅううーっと抓られて再びボクは悲鳴を上げた。






『好き』、だとか、『嫌い』だとか。
『疎ましい』とか、『大切にしたい』とか。

側にいれば、感情が生まれる。


義体と妹を重ね、それに葛藤するジョゼも。
道具だと言い続けるジャンも。

ヒルシャーもマルコーも条件付けを担当するベリサリオでさえも、…本当は、義体に対し割り切っとるモンなど一人も居らん。


せやから皆、ボクにキツく言うんやろ。
思い入れが強ければ強い程、必ずやってくる残酷な別れに心は簡単に押しつぶされる。



せやけど、知らんのやろか。
僅かな時しか共にすることが出来なくても。

愛しいと想う感情を、止めることなど誰にも出来へん。


あと何年。そう数えることに意味はない。
義体も生身も、大統領も産まれたばかりの赤ん坊でさえも、明日があるとは限らんのやし。



小さな両の手を取って、頬を赤く腫れさせたままボクは笑う。
白い白い病室で、ふたりの声がこだまする。



いつか、この笑顔は思い出になってしまうけど。
今こんなにも、ボク達は生きている。


ただ息をして戦っていただけのあの頃よりも。

愛しさを知った今、ずっと、ずっと。



――ボクはキミと生きている。






→アトガキ



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