* 短編小説A *

□連載中2 タイトル未定
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ボクの中に残る相手のイメージは、いつも眼なんや。
どんなに上手く隠しても、目を見れば大体解る。
喜怒哀楽や人となりを、完全に隠せる人はそうそういないもんなんよ。
まず目を見て相手を探るのは、ボクの癖。
相手に悟られないように、目を見せないのもボクの癖。
流魂街の子供が生き残っていくには、相手の顔色を伺うのは当然やった。
でも、それだけやない。
ボクが相手の眼を視る本当の理由は――……。


あの時のあの人の眼を、ボクは忘れられない……。


☆ ☆ ☆



現在、死神代行として現世で斬魄刀を握る黒崎一護が、旅禍として尺魂界に足を踏み入れてから、数日後。
護廷十三隊から隊長三名の造反者が現れた。

完全催眠を操る藍染、その藍染の影響を唯一受けない盲目の東仙、そして、藍染が最も信頼する元部下、市丸。
彼等は前十二番隊隊長、浦原喜助の開発した崩玉を利用し、尺魂界の王家を滅ぼし頂点に立つことを考えた。

それには霊王のいる空間へ侵入する為の、王鍵を創生する必要がある。
その為に必要な魂魄と重霊地を定め、崩玉の瞬間的な力で破面の成体を作り、自分達の手駒にする。
崩玉の完全覚醒もあとわずか。計画は順風満帆で、藍染は自分の成功を疑わなかった。
そう、それはすぐそこまで来ていたのに。


藍染は、……―――敗れる。


たった一人、自分の信頼した部下に、胸を貫かれて。
崩玉の在り処も、隠した自分の心臓の位置も、鏡花水月に掛からない方法も、何もかも知っていた彼に。
真後ろから、貫かれた。

振り返ったその眼は、ただ1人自身が認めた副官を捕らえる。
血を滴らせる唇から漏れた吐息は、何を呟いたのか、何を想っていたのか――。




誰しもが、その場に凍り付いていた。
状況を正確に理解できるものは居らず、ただ、目の前の現実に目を奪われる。
いや、これすらも藍染の幻か?
相手の五感を惑わす斬魄刀の力を思えば、それもまた道理。

直後、あっけなく崩れ始めた砂の居城は、本物なのか偽物なのか。
判断することは出来ないが、この場に立っていられなくなるのは時間の問題だった。
しかし、何を信じたら良いのか。
神の座から悠然と見下ろした藍染が、一護や討伐達の目の前で背後から貫かれて倒れるなど、誰が信じられようか。

しかもそれが、死神の手によるものでも、代行組によるものでもなく。
彼が最も信頼し、命を預けたともいえる相手からの、信じられない裏切りによるものだなどと。
崩玉の影響を受けた身の最後に相応しく、藍染は遺体すら残さず砂となり足元の城と同化する。その背後から姿を現した青年は、血刀を握ったまま無表情にその場に立ち尽くしていた。
藍染と共に貫いた崩玉もまた流れ落ち、何一つ残すことはない。

幻のような光景に、誰しもがその場を動けなかった。逃げるべきなのか進むべきなのか、声を上げることも、目を逸らす事すら出来ない。
その葛藤を無感動な瞳で眺めた市丸は、滑らかな動きで神鎗を鞘に収めると、すっと眼前に手をかざした。
それに攻撃か?と死神達は身構えるがとうの本人は、無言で空中に長方形を描く。
鬼道で作られたその空間に、見知った人物が現れた。


「げ……元柳斎殿!!」


呆然としていた駒村が、動揺の声を上げる。
うむ。と頷いて見せ、山本は市丸に鋭い視線を投げた。


「終わった、のじゃな?」
「…はい」


無機質な声音に頷き返し、山本は全員を見渡した。


「ともかくこちらに戻って参れ。…話しは、それからじゃ」


無論、市丸も。そう言って通信を切る。突然の総隊長の出現と、不可解な言葉に全員が一層混乱する。
今のは確かに総隊長。だが本物なのだろうか?やはり藍染の見せる幻なのか?

全員が息を呑む中、幻だの知力戦だのをまだろっこしい、と一笑に伏す更木が、いち早く現状に見切りをつけて刃を構えた、その時。
当の本人が口を開いた。


「門を開けますんで、ボクに続いて下さい。あまりのんびりしてはると閉じてしまいますんで」


そう言って有無を言わさず尺魂界への門を開けると、すばやくその中に飛び込んだ。
これ事態罠なのか判別出来なかったが、少なくとも目の前の市丸が飛び込むのであれば、続かないわけにいかない。
万が一罠ならば、市丸を締め上げ戻るしかない。
崩れ行く砂城に残り、いるのかいないのか解らない藍染を探すより効率が良いと判断した死神達は、市丸を追って門に飛び込んだ。
静かに崩れ行く王宮は、主を失いその速度を増して行く。
それは虚圏に相応しい最期に思えた。


☆ ☆ ☆



門を抜けると、緑豊かな瀞霊廷の一角に出た。
数ヶ月ぶりに見る景色に、市丸は軽く息を付く。
虚圏の息苦しい程の白に比べ、あの子の瞳のような緑は、やはり心が落ち着く。
そして習慣だった愛しい子の涼やかな気配を感じ取ろうとして、…失敗に終わった。

……いない。
この尺魂界の、どこにも。

市丸は息を呑み、無意識に視線だけで辺りを探る。
長く離れていようとも、自分があの子の霊圧を間違えるわけがない。
だから、いないのだ。どこにも。
そもそも決戦時に姿が見えなかったことに対し、不可解には思っていた。
この大きな戦いに、隊長格が出てこないなどと有り得るのか?と。
自分なりのやり方で、確かに以前あの子の参戦を止めたことはある。だけどあの少年がそれを聞き入れる筈がない、と心のどこかで思っていたから。
心音がどんどんと早く大きくなっていく。その不安を抑えるように白い上着の胸元をゆるゆると握った。


「まずは、お疲れじゃったの」


出迎えに来た山本総隊長は、そう言って市丸を見る。
背後には今回の総攻撃に参加せず、瀞霊廷の警護と調査に当たっていた浮竹が立つのみで、当然日番谷の姿はない。


「他の者も皆ご苦労じゃった。色々言いたい事もあるじゃろうが、まずは聞いて貰いたい」
「…総隊長さん…!」


続けようとする山本を遮り、感情を吐露する事のない市丸が、堪えきれずに口を挟んだ。


「…日番谷隊長の姿が見えへんのですけど、…どこかへ、行ってはりますの?」


そうであって欲しい、との想いで訊ねると、山本の背後に立つ浮竹も、自分の背後に立つ死神達も、一様に霊圧が揺れた。
そのただならぬ雰囲気に、藍染の身体を射抜いた時以上の緊張感が市丸を襲う。
ただ目の前の山本のみが、細めた目の奥に光を失わぬまま、いやにゆっくりと口を開いた。


「日番谷隊長は…」


感情を読み取るように、読み取られないように。
常に目を見るのは己の癖。
でも、そう自分に教えた目の前の老人の感情を、読み取ろうとする余裕なんて、今はない。


「……行方不明じゃ」


読み取られないように笑う余裕も、今はなかった。





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