* 短編小説 *

□ * 気紛れな彼のセリフ *
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【気紛れな彼のセリフ】

1.かわいかったから






うららかな春の陽射しに眠気を覚えるとある午後。
四番隊に入院している部下のお見舞いに、市丸隊長と向かっていた時の事です。


「お」


ひょこひょこと歩いていた隊長が、不意に楽しげな声を上げました。
こういった声を出すときの隊長は…、言ってはなんですが、ろくでもないことを思いついた時と決まっています。
僕は少々不安になりながら、隊長の目線の先を追いかけました。

……あれは。

嬉しげな隊長とは裏腹に、多分僕は苦い顔をしていたと思います。
何故ならこの方を前にした時の隊長は、普段以上にいたずらな顔を見せるからです。

ですが、“まずい”
そう思った時には時既に遅し。



「十番隊長さんも誰かのお見舞いなん?」


うきうき、といった声音を隠しもせずに、隊長は二十数メートルの距離を一瞬で跳び越えて、その方の横に並んでしまいました。

あああ〜…と、あまりの素早さに僕は内心頭を抱えますが、もう止める術はありません。
出来る事は、被害を最小限に食い止める。…ただそれだけです。



「い、市丸!?」


副官も連れずに、背を向けて歩いていたその方…日番谷隊長は、突然現れた市丸隊長に丸い目を向けられました。
僕の位置からでも解る程見開かれた目は、本当に僕達に気が着いていなかったのでしょう。
でも僕は、それに違和感を覚えました。

いくら隊長が瞬歩で近付いたからと言っても、僕達は特別霊圧を隠していたわけじゃない。
日番谷隊長ならば、簡単に横を取られる筈なんかないだろうに。
同じ事を思ったのでしょうか。市丸隊長が無造作に手を伸ばしました。



「何考えとったん?余所見しとったらアブナイで?」


そう言って屈みこむと、小さな頭にポン、と手を乗せて。
何か一言二言告げる分だけ唇を動かすと、くしゃくしゃっ、と柔らかそうな髪を掻き回しました。




「…っ!」


―――あ、



直後、僕が口許を抑えるのと同時に、日番谷隊長の鋭い蹴りが隊長の腹部にクリティカルヒット!…することはなく、飛び退った隊長は駆けつけた僕の前に立っていました。

正面の大きな≪三≫の文字にほっとする反面、“またこの人は…”と、大きな溜息が零れます。
だけどこちらの心情などおかまいなしに、隊長はケラケラ笑って日番谷隊長を煽りはじめました。


「あらら、そない怒らんでもええやないの〜。…まさか図星やなんて、」

「そんなんじゃねぇッ!……お前どれだけ俺を馬鹿にすれば気が済むんだ!?」

「イヤやなァ、誤解やって。なァ、イヅル?」


急に振られて僕は驚き、ぎゅ、と眉根を寄せました。


「…ともかく、日番谷隊長に謝って下さい」

「あっ!イヅルまでボクん事そーゆぅ目ぇで見とったん!?ひどーい!ひどいわー!」

「はいはい、申し訳ありません。…日番谷隊長、大変失礼致しました」

「……いや。お前も苦労するな」


掴みかかりそうな勢いだった日番谷隊長は、僕が間に入った事によって振り上げた拳を静かに下ろしました。
ぶうぶうと唇を尖らせる隊長をちらりと見て、自らを落ち着かせるように一度息を吐くと、僕達に背を向けて。


「…じゃぁな、吉良」


隊長を無視する事がせめてもの仕返しだ、と言わんばかりに、日番谷隊長は瞬時に消えてしまいました。
もういない人の背中に手を振っていた隊長は、くるりと僕を振り向きます。



「で、何?イヅル」

「え?」

「さっき。何か言いたげやったやろ?」


背中を向けていたはずなのに、市丸隊長はそう続けて僕を見下ろしました。
涼しげな髪がさら…と揺れて、僕は慌てて目を逸らす。

隊長には随分可愛がって頂いていますが、僕の立場は副隊長。
“日番谷隊長に何を囁いていらっしゃったのですか?”とは、口が裂けても訊けません。

なのに僕は…一瞬隊長に見惚れ、気がつけばより中核に迫るような事を口にしてしまったのです。



「…えと、どうして隊長は、日番谷隊長を…その、お気になさるんですか?」

「ん?なんやそないなこと?」

「あ…っ!す、すみません!」


プライベートに踏み込む失言に青ざめた僕を咎めることなく、隊長は唇をゆっくりと上げました。
優しいと言えばそうで、意地が悪いと言えばその通りな微笑からは、全く真意が読めません。

『だけど日番谷隊長への意地悪は、愛情の裏返しのようなもの』

そうおぼろげに抱いていた僕は、静かに開かれた唇に、ごくんと唾を飲み込みました。
そんな僕の期待(のようなもの)を受けた隊長は、何故かくくく、と肩を上下させ―――。



「今日は、髪の毛やねぇ」


などとのたまわれた。



「…は?」

「せやから、髪の毛がぴょこぴょこしてて可愛かったんよ」

イヅルも見たやろ?アレ反則やんなァ。


意味が解らず間抜けな声を出した僕に、隊長はそう付けたしました。
確かに日番谷隊長の歩く姿は、後ろから見ると…失礼ながら大変可愛らしいとは思いますが…。

え、まさかそれだけ?
………………………………なんですね。


良くも悪くも他意がなさそうな口ぶりに、僕はハァと曖昧に頷く。

日番谷隊長は隠してるつもりでも、傍から見たら態度で明らか。
市丸隊長を心密かに想ってらっしゃるのは間違いない。
先ほど髪を触られた時の表情は、嬉しいやら悔しいやら…。ともかく複雑なものを見てしまい、思わず声を出しそうになったぐらいだし。


でも――、と楽しげな隊長を仰ぎ見て、僕は反対に眉を寄せた。
僕でも解る気持ちなど、観察することに長けた隊長ならば、とうに気がついているでしょうに…。

もしかして、自分の事は無頓着?

なんて首を傾げる僕の前で、隊長はくぅ〜!と声を出しながら、気持ち良さそうに大きく一度伸びをする。
背骨を伸ばして満足したのか、すっきり晴れやかな笑顔で僕を見下ろすと「ほな、」と口角を上げられました。



「面白いもんも見れたし、ぼちぼち行こか?」

「………………ハイ」


“自分の事は無頓着”
誰だそんなバカな事を思ったのは―――。

機嫌よく歩き始めた背中を追いながら、僕はハァとうなだれた。



“自分に興味を持っている相手こそ面白い”

ちょいとつついて反応を見て、手を替え品を替えて煽りながらも逃げ道はしっかりどこかに確保して。
そうです、隊長はそういう方でした。


…でも、本当にそれだけでしょうか?
もしかしたら隊長すら気がつかない……いえ、気がついているからこそ、いつも以上に意地悪をしてしまうんじゃないでしょうか。

興味なんかありませんよ。ね、他の子と一緒でしょう?といった風に。



……なんて、やっぱり苦しい気がするな。

過去の遍歴を思えば、長年仕えた勘も疑わしくなってくる。
日番谷隊長の切なげな瞳に私情が入ったのかもしれない。そう苦笑して、僕は少し離れてしまった背中に向かって足を速めた。





-オワリ-

2:好きにすれば? に続く →



自分に惹かれる相手を御しやすい、と考えるのが藍染。
面白い、と弄り倒すのが市丸。

吉良の深読みの甲斐もなし(笑)


ご来訪ありがとうございます^^


2009/4/25 ユキ☆

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