* 短編小説 *

□ * 恵み *
1ページ/2ページ


しとしとと降り続く秋雨に、目を覚ます。



寝返りを打つように身じろげば、腕が暖かいものに触れた。

隣で眠る、恋人の腕のぬくもり。

素肌のそれに昨夜の情事の名残を感じ、俺は半ば無意識に腕を絡めた。



「起きたん?」

どうやら先に目を覚ましていたらしく、腕の主から声が掛かる。
しかしそれには答えず頬を寄せる。絡めた腕を抱き込んで、自分の腕に顔を隠した。


寝ぼけたフリでもしなければ、絶対出来ない甘えた仕草。

頭上で、市丸の柔らかく笑う気配がした。
そして俺の髪に軽く口付け、そっと離れていく、唇。


それに寂しさを感じ、軽く目を開き、また閉じた。




うつ伏せで書物を読むように上半身を起こしたお前は、一体何を見ているのか。

心は、どこにあるのか。


それを計ることは出来ないけれど、少なくとも、耳は。俺と同じ音を聞いている。

隊舎の屋根を叩く微かな雨音。
あまどいを流れる水音。
それを遮るように、時折聞こえる遠くの声。



「また雨になってしもたなぁ」

独り言なのか、ふいに市丸が呟く。


「お天道さんに嫌われとるのかもしれへんなぁ」

愉快そうにそう言って、笑った。


「……お前みたいなのを世に送り出しちまって、後悔してんじゃねぇの?」

憎まれ口を叩けば、俺が起きていたことに驚きもせず「そうかもしれへんね」と笑うお前。


「お天道さんの可愛え子に手ぇ出してしもたし、後悔されとってもしゃあないわ」

氷輪丸は、ある程度天候に影響を来すことが出来る斬魄刀。
それを持つ俺を、天の加護を与えられた者だと譬えるらしい。

俺は、声に出さず「ばか」と呟いた。



「この時期は雨が多いからな…。仕方ねぇだろ」

たとえ話には乗らず、正論を返す。
「そやねぇ」とのんびり言って、お前はまた黙り込んだ。




少し…、つまらないことを言ってしまったかもしれない。

市丸が、変なことを言うから。

少しだけ……、不安になった。


絡めた腕がすり抜けないように、自然と腕に力がこもる。



「でもなぁ」

再びお前が口を開いた。
雨音よりも、その声に意識が集中してしまう。



「ボク、雨なんは嫌やないんよ」

頭上から優しく降る言葉が、理由もなく不安を感じる俺を包んでいく。


「誰にも邪魔されんと、キミとずっと一緒に居られるやろ?」

そして、俺に奪われていないほうの手で、髪に指を絡めた。

俺の髪を梳きながら、不安を落としていくような指に身を任せる。
それがとても気持ち良くて、閉じた瞼の下、徐々に意識が遠くなる。



「眠り」

それを見透かしたお前の囁きに、俺は心の中で頷いた。
屋根を叩く雨音が、子守唄のように優しく俺を眠りに誘う。





お前が生を受けた日に、雨が降る。
しとしと、しとしと。2人の上に、雨が降る。


お前が言うように、俺も雨は嫌いじゃない。

特に、今日のこの日に降る雨は、天の恵み。



外に出る必要も、
無粋なプレゼントの山も、
誰かからの祝いの言葉も。



雨が遮ってくれるから。





天の加護を持つと言うのなら。
毎年毎年、今日のこの日に降る雨が。



天からの、恵み。





→ アトガキ
.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ