* 短編小説 *
□ * 『愛』しい時間 *
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今日はアイツが姿を見せない。
毎日、それこそどちらかが出張で留守にしていない限り、市丸は日番谷の部屋を訪れる。
最初こそ「1人で寝かせろ」と文句を言っていた日番谷も、いつの間にか市丸が来ることが当たり前になっていて、慣れと言うものの恐ろしさを感じていた。
何しろ、己の部屋だと言うのに、一人だとどうにも落ち着かないのだ。
時刻は既に十一時を回っている。いつもならばここに市丸がいる時間。
珍しく仕事が忙しいのか、それとも用事が出来たのか。
地獄蝶ひとつ寄越さない相手に、日番谷は小さく舌打った。
(何やってんだ、アイツ…)
買ったきり手を付けていなかった書物も読破してしまったし、片付ける予定のなかった棚の整理もしてしまった。
部屋を見回してもやることを思いつかなくて、溜息混じりに時計に目をやる。
(……まだ5分しか経ってねぇ…!)
そわそわと落ち着かない己の情けなさに、がくりと肩を落とした。
………そもそも、約束などしていない。
いつも市丸が勝手に来て、勝手に泊まって行くのだ。
だから来なくても不思議じゃないし、むしろそれが当たり前だと思う。
なのに毎日毎日顔を出すものだから、変に待ってしまう癖がついた。
飽きられたのかも、とか、もっと面白い相手を見つけたのかも、とか、余計な考えが浮かんでしまう。
(情けねぇ…)
こんなの、自分らしくない。
誰にも頼らず生きていけるぐらいの強さは、身に付けたはず。
なのにアイツに、…変えられた。
いつの間にか弱くなって、一人ではいられなくなってしまった。
待たされることに焦れるばかりで、心配一つしてやれない自分が腹立たしく情けない。
もやもやした気持ちを払うように、勢いよく音を立てたい衝動を抑え、静かに障子を開けた。
せめて、月でも美しく浮かんでいれば気が晴れたのかもしれないが、今夜は日番谷の心を映したような薄月夜。
(月にまで振られたか…)
盛大な溜め息をついて柱にもたれかかると、ずるずると座り込んだ。
目線が落ちた事によって、風に揺れる木の枝が、時折月を遮り薄い影を落とす。
流れる雲は月光に照らされ、ぼんやりと色を変えながら流れていく。
映り変わるその形を眺めているうちに、心の影も流れて行ってくれればと願う。
しかし、心に浮かぶのは市丸のことばかり。
(真如の月とはいかねぇか)
迷うだけの自分には、闇を断ち切る力はない。
そもそも恐れるばかりで、アイツにも己にも、きちんと向きあったことがないのだ。
口元だけで自嘲しつつ鬼道で部屋中のろうそくを消すと、部屋は月明かりにのみ照らされる。
それだけで、辺りが静まり返ったような気がした。
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