* 短編小説 *
□ * 『愛』という名の戯れ *
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自分と乱菊以外に、誰一人いなかった筈の十番隊執務室。
ここで彼女の細い首を捻り、背後の声の主を殺すことなど造作もないけれど。
興味がわいた。純粋に。
「…無粋やなぁ。男と女の睦言に、口を挟むもんやないで?」
そんな甘い雰囲気ではなかったことはばれているだろうけれど、そう軽く言って腕を離した。
弛緩した身体を支えきれなくなった乱菊が、床にへたり込む。
「……そうか。もしそうならば失礼したな」
少年特有の高めの声を、無理に低くしたような子供っぽさに、市丸はくつくつと笑って振り向いた。
自分と同じ、銀の髪。だが藤色がかった自分と違い、美しい白銀の鬣。
自分と同じ、翠の目。だが薄い自分の色と違い、濃い翡翠。
自分と同じ、黒い死覇装と、白い羽織。背中の文字が違う隊長羽織。
「はじめまして、三番隊隊長、市丸ギンや。キミ、新しい十番隊長さんやね?」
「…あぁ」
眉間の皺を深くしながら、少年は市丸を見上げた。
綺麗な顎のラインやねぇ。
「十番隊隊長を拝命した、日番谷冬獅郎だ。…よろしく頼む」
にこりともせずそう言って、日番谷はへたり込む乱菊の側による。
自分の目の前を通過する少年が発する冷気に、知らず知らずに口元が緩んだ。
「大丈夫か、松本」
「あ…はい。すみません、隊長」
呆然としていた乱菊は、慌てて立ち上がる。
それを見てほっとしたのか、日番谷は市丸の方に視線を向けた。
綺麗な翡翠の中に「さっさと出て行け」という意思を感じ、市丸はいつも通りの笑みを浮かべると、ひょいと肩をすくめた。
「そんな邪険にせんでもええやないの」
「生憎こちらはまだ仕事が残っているんだ。すまないが出て行ってくれないか」
「あらぁ。定時内に終わらへんかったんやね」
意外やわぁ、と驚いた顔をして見せれば、これ以上ないというぐらい冷たい目を向けられた。
「隊主会をさぼった隊に挨拶に行っていたんだ。…まぁ結局そこでは隊長に会えなかったがな」
わざとらしく、そこでは、と強調する。
そういえば今日の隊主会は、新隊長の挨拶があると副官に言われていた。
しかしまるで興味がない市丸は、適当に隊主会をさぼり、その後十番隊で乱菊に会い……現在に至る。
「あらら。そらすんまへんなぁ」
自分のことを指している解りやすい嫌味に、市丸は喉を鳴らして笑った。
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