* 短編小説 *

□ * バレンタインにはざわめきを *
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結局そのまま現世に引きずられた日番谷は、『姉の買い物に付き合う弟』という実に理不尽な役どころをこなし、ひとつの包みを手に取った。

ついでですよぅ、と言いながら、そうとは思えぬ量を購入した副官の目的にようやく気が付き、騙された感を抱きつつも安心した日番谷は、まぁたまにはいいかと苦笑した。


…その時は。



(寒ぃッ)


方便であるならばなおのこと、一度イイと思ってしまった作戦は実行に移したくなるもので。

三番隊舎まで忍んできた日番谷は、ぶるる、と身体を震わせる。


氷雪系の斬魄刀を持つからと言って、寒いものは寒い。氷輪丸の冷気は自分にとっては温かな力なので、特別寒さを感じる事はないのだ。

しかしこれは全くの別物。二月の夜は普通に寒い。


びゅうっと吹く風が顔を叩き、日番谷は咄嗟に身体を縮こませた。煽られたマフラーが外れないように、片手で首元を押さえやり過ごすと、手にしたもの――現世で買った、チョコレートの包みを夜空にかざす。

そんなことをしても、当然中が見えるわけではない。

だけど薄いリボンが月光を浴びて、縁取りがぼんやり光ることを発見すると、少しだけ口許が緩んだ。



(さむ…)


数秒眺め、防寒に羽織ってきた上着の袂にしまい込み、再び足を急がせる。

目的の部屋はもうすぐそこ。何度も通っているはずなのに、どきどきするのはどうしてだろう。


乗せられた、と思いながらも松本の一言が心に残っているのだろうか。



『一番最初のバレンタインは重要なんですよ』


匿名云々で聞きそびれてしまったその意味を訪ねると、彼女は「女の子の間では有名な、おまじないみたいなものなんですけどね」と、笑いを漏らした。

しかし教えられた内容を、日番谷は鼻で笑う。それで得られるご利益も、失敗した時のしっぺ返しも、冷静さを取り戻した今では取るに足らない内容だったから。


だけど、出会ってから数十年。告白、というものをされてからももう十年以上。その間にも色々あって、恋人という形に落ち着いて今年で初めてのバレンタイン。

これまで馬鹿らしいとしか思っていなかったこのイベントに、自分が参加する事になろうとは。



かじかんだ指にはぁっと息を吹きかけて、アイツの部屋の障子戸をそろそろと開ける。

暗い室内に冷気をなるべく通さぬように、素早く入り込むと静かに閉めた。


昼も夜も、この部屋ならば何度も足を運んでいる。間取りも解るし、寝室だって…入った事はないけれど、見た事はある。

松本の話しはともかくとしても、ここでばれるのは滅茶苦茶恥かしい。だから音を立てぬように、霊力を漏らさぬようにと気にかけながら、日番谷はゆっくりと襖に手を掛けた。



(寝てる…)


ほっとしたような、残念なような。

部屋の中央に敷かれた布団の中、行灯に照らされた銀色の丸いものが少しだけ覗いていた。


男にしては長めの髪が、白い布団の上にばらばらと散っている。

緊張に鳴りまくる胸の音が聞こえてしまうのではないだろうか、と冷や冷やしつつ枕元に膝をつき、袂に入れた小さな包みをそっと置いた。


そしてそのまま立ち上がろうとしたところで、なんとなく、本当になんとなく日番谷は銀色の一束を指で掬う。



さらりとしたそれは、指通り良く艶やかで、少し冷たい。

まるで市丸自身を表しているような手触りに、何だか緊張が増してくる。


今までこの髪に触ったこともあるし、一緒に昼寝だってしたことがある。


なのに何でだろう。いてもたってもいられなくて、わーっと叫んで逃げてしまいたくなるのだ。



バレるのではないか?

バレたらどうしようか?


そんな緊張感から、日番谷にとって殆ど経験のない…身体がぞくりとするような、中心がずくりと疼くような、そんなざわめきに変わってきて。



(なんか…ヘン、だ)


動揺は魄動を乱れさせる。

相手は隊長位。僅かな霊圧の流れでも身体が反応するのは当然の事。


だからきっと、条件反射。



一瞬の後に腕を取られ、蹴り上げた布団を足で抱え込むように、ぐるりと市丸が身体を捻らせた。

捕まれたままの自分は咄嗟の事に反応出来ず、逆に布団の下に敷きこまれて痛いほど強く拘束される。


同時に唱えられた縛道は、仕掛けた本人によって発動直前で止められた。



「え…?日番谷さん…!?」


右手は左手首を。左手は右手首を。体重を乗せてがっちりと組み敷かれ、日番谷は真っ白になった。




見つかってしまった。

バレたらいけないのに。



サラ、と銀髪が自分に向かって真っ直ぐに落ちる。

見開いた瞳は暗闇の中、驚きの色を浮かべている。




あれは松本の悪ふざけ。

解ってる。



『おまじないみたいなものなんですけどね』

だから本気にする必要はない。



『一番最初のバレンタインは重要なんですよ』

そう思っているのに潜めた顔が思い浮かぶ。



『いいですか?十三日の夜にチョコを相手の枕元に置くんです。匿名で、勿論見つかったらだめですよ?』

……もしバレたらどうなるんだっけ。




『見つかっちゃったら今年中に別れるって言われてますから、頑張って下さいね!』


冗談だ、と解っているはずなのに。自分自身「馬鹿らしい」と鼻で笑った言葉が耳を掠め、真っ白の世界が塗り替えられた。



ばれた。
ばれた。
ばれた。


て、ことは。



……おれと、いちまるも?





見つかってしまった恥ずかしさ。覚えのない力強さと、見慣れぬ角度の淡い瞳。そして、唇が震えるぐらい鳴り響く鼓動。



それらが、日頃冷静な日番谷をどうしようもなく混乱させて――。





「うわぁぁぁぁ!!!!」

「ッ!?」



油断していたため思い切り霊圧をぶつけられた市丸は、声にならぬ声をあげ、思わず横に転がった。



それでも既に逃げ出した恋人に反射的に手を伸ばし、


結局、届かぬそれはパタリと畳に落下して、暫くうずくまる羽目になるのだった…。







WD編へ続く。
……かもしれない。


→ アトガキ


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