* 短編小説 *

□ * キミの声に耳を澄ます *
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各隊の人事は大まかに上位の席官が行い、最終的に隊長、副隊長の手が加わり確定となる。

駐在任務の場合は、出没する虚のレベルや頻度が計り知れないため人事も慎重になるし、突発的なものも現世の死神ひとりでは対応しきれない急務ということで、そう簡単に割り振るわけにもいかない。

結局死神の任務自体常に生死を掛けているものだから、生半可な覚悟では人事も任務もこなすことは出来ないのだ。


任ずる側は、命ずる相手への責任を。

命ぜられる側は、任じた相手への信頼を。


性別も年齢も何もない無情の世界で、彼等は調整者として命を掛ける。



しかし…。果たせないことも、ある。

二度と彼の地を踏めぬ事もある。


戦士として生きる彼等には、安息の最後を迎えることの方が少ないのだから。


そして、それは護廷隊のトップと言えども同じこと。

参戦する頻度は少なくとも、その難易度と責任が格段に違って来る。


それ故に隊長自らが指揮を取り、副隊長が参戦する任務などそうはない。

余程強力な相手、もしくは緊急を要する場合のみ、と暗黙の了解で決まっていた。


それは『共倒れはしない』という、長たる者の責任から成立つ決め事なのだろう。




しかし今回は、十番隊にそんな滅多にない話が転がり込んで来てしまった。


例に漏れず『余程強力な相手』との戦闘で、広範囲を一度に叩ける日番谷にお鉢が回ってきたらしい。


はじめは席官数名と臨むつもりでいたのだが、相性的に悪くないとは言え、侮れない相手。席官クラスとだけでは死傷者が出る恐れがある。

ここは副官の力を借りたほうが賢明だ、との判断の元松本と席官数名を連れて討伐に出かけたのが、一昨日の事だった。


思ったよりも早く虚が現れ、立てておいた作戦も成功し、日番谷は安堵の胸を撫で下ろす。

若干の負傷者は出たが、この程度ならば大成功と言えるだろう。





松本に撤収の指揮を取らせ、その間に簡単な報告を行うと片手で神機をぱたんと閉じた。

そして予定通りの帰還に心配性の恋人を安心させてやれそうだ、と口許をほころばせる。



(アイツ…。どうしてっかな)


ふと、松本を伴って出かけなければならない程の任務に、元々白い顔を蒼白に染めた市丸の顔が思い浮かんだ。

そしてその延長で、穿界門をくぐるまでのすったもんだを思い出す。


大丈夫だと宥めすかし、いい加減にしろと叱り飛ばし、最終的には俺が信じられないのかとこっ恥ずかしい台詞を言う羽目になった、あのコトを。…えぇい、今思い出しても恥ずかしい。



にやつく松本の顔までも連鎖的に思い出し、ぶんぶんと首を振ってその記憶を振り落とす。ともかくさっさと帰ろう。そう思い懐にしまおうとした所で、神機が震えた。


画面を見ると『総隊長』の三文字。何か問題があったのだろうか。怪訝に思いながら通話ボタンに指を乗せる。




「はい、日番谷です」

『忙しい所すまないの』

「いえ、もう戻る所ですから。…何か?」

真面目に応対する日番谷に、山本は言いにくそうに一拍置いた。



『いや。実は日番谷隊長に頼みたい事があるのじゃが…』

「…頼みたいこと、ですか」

そのまま相手が声を潜めた為、つられて小声になるとやましくもないのに松本等に背を向ける。



「それは構いませんが…。頼み事とは一体…」

『うむ…。実は、な―――』

すっかり共犯者のような気分になった日番谷に、山本は重々しく話しはじめた。






☆ ☆ ☆




全く面倒な事を言ってくれるじいさんだ。


内心そんなことを思いながら、今度こそ神機を懐にしまい日番谷は松本を呼び付ける。

通信に気が付いていた副官は、日番谷の表情にただならぬものを感じたのか神妙な顔で駆けつけた。



「総隊長からの依頼で別行動を取ることになった。すまないが、後は任せても良いか?」

「はい。…お一人で行かれるのですか?」

「あぁ。大したことじゃない。夜には戻る」

「解りました!そう伝えておきますね」


にっこりと微笑む副官に、意図を察した日番谷は瞬時に耳まで赤くする。




「バカ野郎。余計な気を回してないで報告書上げとけよ!」

「はーい」


軽く返事を返しつつ、赤くなっちゃって可愛い〜とにやにやしていた松本に背を向けた日番谷は、地を蹴ろうとして…、踏みとどまった。


すぐに瞬歩で逃げると思っていた松本は、そんな様子に表情を改める。





「……会えたらで、いい」


しかし、からかうつもりの言葉に返った意外なひとことに、軽く目を見張った。



直後小さな姿は跡形もなく消えていたのだが。




「松本副隊長?」


そう席官に声を掛けられるまで、彼女はその場に固まっていたのだった。

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