* 短編小説 *

□ * キミの声に耳を澄ます *
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『どこにいても、ボクを呼んで』


愛してると同じ意味の、甘い囁き。

その度にキミは「ばーか」と言って笑うけど、ボクは絶対気が付く自信があるんやで?



『どこにいても、必ず行くから』


ほんの一瞬で、すぐ解らなくなってしまうぐらい儚くても。


だってキミのことやもん。

聞き逃すなんてあり得へん。





…だから、ボクは。








☆ ☆ ☆




「はァァ…」


凍て付く寒気でありながら、雪の声まだ聞こえぬとある午後。
鬱陶しい事この上ない溜息が、三番隊執務室に充満していた。

もう数時間もこればかり聞かされていると、こちらまでゲンナリしてしまう。と吉良はその発信源を伺い無意識に重い息を吐く。

その視線の先には上半身をぴったりと机に押し付け、伸ばした両の手に白い書類を持っている上官がひとり。


この三番隊の長たるお人。



しかし。皆に慕われ模範となるべきお方は、この上なくやる気がなかった。




「市丸隊長…。お願いしますよ…」


今日こそしっかりと仕事をして貰おうと執務室に軟禁したまでは良かったが、もともと自由なこの方は強制を嫌う。


結局居るだけ状態になってしまっていることに、吉良は泣きたいやら怒りたいやら…。つまりは途方にくれていた。

これでは全く意味がない。むしろ鬱陶しいだけで、居ない方が諦めが付いて仕事が捗りそうだ、と本末転倒な事を思いはじめる始末。

しかしそれを言ったら負けである。一度許したら、今後もなし崩しにサボりを許す羽目になる。


負けるな僕!今の所戦いは五分五分―――!



握りこぶしを作り自身を鼓舞する青年は、すっかり方向を見失っていた。




そんな執務室に、状況を転じさせるノックが響く。

反射的に霊圧を探ると、思いがけない人物が照合された。階級は同じだが相手は先輩。席を立つと扉を開ける。



「久しぶり。帰ったわよ」

「おかえりなさい、松本さん。…お一人ですか?」


思った通りの人物に、吉良は後半のみ小声で声を掛けた。

それに頷き、松本は妙に湿っぽい執務室に足を踏み入れる。


すると長いこと机にへばり付いていた市丸が、がばりと起き上がった。




「何でおるん、乱菊」

「…ちょっと」


それが任務を終えて無事戻った昔馴染みにかける言葉だろうか。松本は綺麗な口許を引きつらせた。


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