* 短編小説 *

□ * 抱きしめたい *
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ぶるり、と身を震わせて、重い瞼をぼんやりと開く。



軽く瞬きを繰り返し、枕元の時計を見ようと首を捻った途端、ズキン、という射すような痛みがこめかみを襲った。

それに思わず顔を顰め、庇うように片手で頭を抱えると、波が去るのをじっと待つ。突然の痛みに寄せた眉根を不安気なものに変えながら、日番谷は恐る恐る自身の身体に注意を向けた。


折り曲げた内側に当たる瞼は異常に熱く、ゆっくりと腕を動かすと額に張り付く髪がずり上がる。



(うわ…)


懸念どおりの熱さに、日番谷ははぁ、と息を漏らした。


弱まったとはいえ、相変らず痛む頭に喉の渇き。息のしにくい鼻にだるい身体。

…どうやら完全に風邪を引いてしまったらしい。



(まいったな…)


複雑な気持ちを抱えながら、視線だけで辺りを伺う。

しかしどこに行ったのか、うるさいぐらいに心配性な恋人はここにはいないようだった。



ひとり分空いた左をまさぐるとほのかに暖かい気もするが、夏場と違って布団の中である以上それが体温のぬくみかどうかは解らない。


それに「昨夜あんなコト言ってたくせに…」と口をすぼめるが、あれでいてあの男も隊長位。

そうでなくとも私用ばかりを優先出来ないのは当然で。


きゅ、と唇を引いて日番谷は軽く目を伏せた。




体温は高いはずなのに、背筋がぞくぞくするほど寒い。

息を吸っても吐いても喉が痛く、何かが引っ掛かっているように上手く酸素が取り込めない。


それもあってか働かない頭は孤独感を育て上げ、一人きりの部屋の広さに唇を噛んだ。


半分遮られた視界はまだ薄暗く、天井の木目が行灯の灯に浮かび上がる様も物悲しい。

腕をずらし窓の方に目を背ければ、白白と夜が明け障子戸を渡る龍の透かしが天に昇る。


もう朝か、とその先の日の出を思い乾いた唇を一度嘗めた。



このままじっとしていれば、起きてこない自分を不思議に思った松本が様子を見にやって来る。

そうしたら薬を貰ってきてもらおう。四番隊の薬は良く効くから、あっという間に治るはず。


それまでの辛抱だと朦朧とした頭で言い聞かせていると、腕を取られ何か冷たいものに唇を塞がれた。


口移しで流し込まれたものを条件反射で飲み込むと、渇いた喉が癒される。



「いち、ま…」


そのおかげか、思ったよりもまともな声が出た。しかし完全に紡ぐ前に再び口を塞がれる。


ぼやけた目には確かに相手が映っているのに、ただ見上げるだけの瞳に色はない。それに苦く笑んで、市丸は虚ろな瞳を手のひらで覆った。



大きくて冷たいそれが気持ち良くて、ほんの少し潤った喉がいっそう渇きを訴えて。

逆らうことなく、日番谷は乾いた唇を僅かに開く。


するとすぐに欲しいものが与えられるのに、濡れた唇はあっと言う間に離れてしまって。



「……」


雛鳥のような少年が強請るものは、水なのか口付けなのか。本人すらも解らぬままに、白い羽織を緩く握った。



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