* 短編小説 *

□ * 不器用な恋愛 〜 ホワイトデー準備号 〜 *
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各々の隊舎には、隊独自の文化がある。

やたらと成金な隊もあれば、庭園のようなしっとりとした造りもある。隊長が大柄なせいか全体的にガッシリしているとこもあるし、入ったら最後、迷子になりそうな隊もある。
市丸の率いる三番隊は、その点なんの特徴もないと自分で思う。

こだわりがないから、いじろうとも思わない。過ごしやすければええんやない?というのが本音なんだから仕方がない。

比べて日番谷率いる十番隊は、自隊同様シンプルながら全体的に温かいのだ。
真面目な隊長と明るい副隊長。そのふたりが培ってきた、信頼から来るまとまりを肌で感じるせいかもしれない。


昔から、自分は隊内のことも同格たる他隊長とのことも、あまり興味が持てなかった。
理由なんて解らない。
入隊した頃からそうだったし、…いや、物心ついた時から何かに興味を抱いたり執着することが殆どなかった。

だから背負う荷物の多いこの立場は、何もかもが面倒くさい。
そろそろ出奔してどこかに行こうか、などとぼんやりと考えていた頃のことだ。

永らく空いていた十の文字を、背負うに相応しい存在が現れたという。しかもあろうことか、年端もいかない少年だとか。
無関心な自分すらも驚かせるその話題に、市丸は少しだけ興味を引かれた。

その『興味を持つ』こと自体自分にとっては珍しく、それがまた可笑しくて。
そんな感情を与えてくれる少年に、暇さえあれば付きまとっていたのを思い出す。

だけど、邪険にされて悲しんでみても、土産の菓子を一緒に食べても、市丸はいつでも楽しんでいた。
ここはあまりにもつまらなく、あまりにも永い。
だからこんなものはただの酔狂。一時楽しめればそれで良いと本気で思っていたからだ。


(…それが、コレやもんなぁ)


これまでの数十年を思い返し、微苦笑を浮かべながら市丸は執務室の前を歩く。
自隊の、ではない。
その、いつの間にか自分を惹き寄せた少年が背負う、十番目の隊舎の中だ。

磨かれた廊下の最奥で、柔らかい灯りを放つ行灯が静かに揺らぐ。
その横の戸を引けば、小さなあの子が眠っている。

…いや、そんなことはないか。と市丸は目を細めた。

先日の日番谷とは違い、市丸は努めて平常通りにここまで来た。
副隊長以下には感じ取れない霊圧もあの子ならば気がつくはずだ。

なのに。


(何で…今日は逃げへんの?)


今ならばまだ、間に合うのに。
霊圧を消して夜闇に紛れてしまえば自分は追っていけないのに。
懐かしいと思う程に離れていた気配がそこにある。


(待っとる…てことなん?)


それは喜ばしいこと。願ったりなこと。
だけど今朝までとのギャップに返って不安を抱いてしまう。

それは、前方から漂う霊圧から何か決意のようなものを感じるからだ。
ともすれば鈍る足を努めて動かし、ぎゅう、と手を握って小さな灯りを目指して歩く。


(大丈夫)
(大した事やない)
(意地っ張りな子やから、今更顔合わせにくいだけ)
(せやから、――だいじょうぶ)


ぶつぶつ、ぶつぶつ、己に言い聞かせているうちに目的の部屋を通り過ぎかけて、足を止めた。
突き刺さるような静寂に負けそうになりながらも、すぅ、と息を吸って、恋人の部屋の戸を慎重に叩く。


「日番谷さん…。起きとる?」


握った指先が冷たいのも、お決まりのセリフしか思いつかなかったのも、とんでもなく緊張している証拠だろう。
思ったとおりというか何と言うか。中からは物音ひとつ立たなかった。


「…入るで」


声を潜めてそっと開く。
何度か通っているはずなのに、初めて入った時以上に緊張を抱え障子を閉めた。

自分の部屋とさして変わらぬ間取りを浮かべ、畳の上に足を滑らす。少年がいるであろう寝室の戸に手を掛けて…情けないけど指が止まった。
開けた途端「何しに来やがった」と激昂されたらどうしようとか、…「別れよう」と言われたらどうしようとか。
またもや、余計な事が頭を掠め決心が鈍る。


(…あーもぅ)


自分自身に嫌気が差して、市丸は深く深く息を吐いた。
こんなところで躊躇ってどうする。
考えているだけでは不安が増す一方ではないか。

もう一度、深呼吸で心を静め寝室の襖に手を掛ける。
再び躊躇する前に今度は一気にそれを開き――。


(…え!?)


軽く引けるはずの襖が妙に重い。ガッチリ固まっている、というわけではないが…。まるで誰かが寄りかかっているかのように動かない――。
強引に開けることも出来ず、市丸は襖の前で固まった。
それでも向こう側に恐る恐る声を掛ける。


「…日番谷、さん?」
「………………あぁ」


十分な間の後、久しぶりの声が耳を打った。
返事が返ってきた。まずその事に対する安堵が浮かび、次いで入り口を塞がれている事実に血の気が引いていく。

これでは、顔が見えない。そばに行けない。


(なんで…こんなん)


手を伸ばせば触れられる。そんなトコまで許しておいて、今更どうして。


「中、入れて欲しいなー…て、思うんやけど…」
「……」


それでも精一杯明るく頼んでみるが、結局尻すぼみの懇願は無言で少年に弾かれた。

動かぬ気配に市丸は裸足の指に視線を落とす。
いや、自身のそれが目に入り、俯いてしまった事実を知ったというか。

指先から髪の先まで凍えるように冷たくて、それはまだ肌寒い春の夜気に晒されているからだけではないだろう。

血の気の失せた頭では考えなんてまとまらない。
襖の龍の紅い目までも、激しく自分を拒絶する。


(…やっぱり)


心の片隅で抱いていた不安が、枷をなくしてせり上がって来る。

想いが通じ合えたと喜んだのは自分だけかもしれない。
まじないのせいにして、別れようとしているのかもしれない。
逃げなかったのも、今日こそそんな『本音』を突きつける為なのかもしれない。

押し潰していた不安が現実のものとなり、この子が自分から離れてしまう。
身体中が心臓になったかのような苦しさに眩暈を起こしかけた市丸の耳に、焦った声が飛びこんできた。



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