* 短編小説 *
□ * 不器用な恋愛 〜 ホワイトデー準備号 〜 *
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今更ですが、こちらは * バレンタインにはざわめきを * の続きとなります。
大分前に書いたものを手直しした為少し雰囲気が変わってますがご勘弁下さい…;
それから、こちらは藍染さんの企みのない世界です。
しとしとと降り続けた催花雨も息を潜めたとある午後。道場とおぼしき建物から小さな人影が現れた。
すたすた歩くその背には、すらりとした美女がひとり。
途中行き交う隊員達に応えつつ二人は道を急いでいた。
正確には急いでいるのはその一方。前を行く羽織姿の少年のみで、背後の女性ときたら通りすがりの知り合いと手振りで一杯引っ掛ける約束など交わしている。
それを尻目にため息ひとつ。「行くぞ」と声を掛けようとしたその時に、少年は傍目にも解る程びくりと身体を震わせた。
「隊長?」
警戒する子猫みたい、と思いつつ背後の女性――松本は、少年の顔を覗きこむ。
そこには百面相、というに相応しい上司の姿があって。
―――あ。
そこから事態を察した松本は、咄嗟に目の前の身体にとびついて、…空を抱く。
「隊長!」
「俺、雛森と約束があるから!」
寸でのところで身を翻した少年は、そう言い残し一瞬で消える。ご丁寧にも霊圧までぴっちり閉じて。
「もうっ。逃げてどうするんですかッ」
半ば自棄になって叫んだ眼前に、直後銀髪を乱れさせた長身が現れた。
「日番谷さんは!?」
「残念ね。今日は雛森ですって」
「……」
がくーん、と肩も首も落として項垂れる男の背を、松本は慈愛を込めてぽん、と叩く。
そして自身の隊長へ、呆れたような溜息ひとつ。
このまま逃げ続けたって、良いことなんてあるわけないのに。
☆ ☆ ☆
最近、というかバレンタイン以降、あれやこれやと理由をつけて日番谷は市丸を避け続けていた。
何故そんなことになったのか、理由は明白。
『市丸にチョコレートを渡したい。だけど面と向かっては恥かしい』
そんな気持ちから仕掛けたバレンタイン限定ミッションに、ものの見事に敗れたからだ。
「顔も見せて貰えんなんて、付き合う前以下や…」
そう項垂れる市丸に、松本は実にキレイな微笑を浮かべる。
「そーねぇ。とうとう愛想尽かされたんじゃない?」
しかし。その唇から飛んで来たのは死者に鞭打つが如くの発言で。市丸は本気で慄いた。
「ら、乱…!なんつぅ恐ろしいことを…!」
「だってそうじゃない。賊と間違えて取り押さえるなんて。愛想尽かされて当然でしょ」
「そ、それを言いなや〜!」
うわぁ〜、としゃがみこむ市丸に注がれる視線は実に冷たい。
そりゃそうだ。折角大切な隊長を送り込んでやったというのに、どういうことだかこの体たらく。
松本からしてみれば、逃げる日番谷にも問題はあるが、精一杯の勇気をふいにした市丸の方が罪深かった。
「…て、言うかな!」
強烈な先制攻撃から奇跡的に立ちあがった市丸は、負けてなるものかと滅多に開かない瞳をカッと見開き対抗する。
「乱菊がけったいなこと吹き込むからアカンねん!」
「何ですってぇ!?アンタ達の為を思って一肌脱いでやったってのに、何よその言い草!」
「ならもっと普通に脱いだらええやんか!」
「それじゃつまんないでしょ!!」
「……」
はっきりきっぱり言い切られ、市丸は不覚にも言葉を失くしてしまった。
仮にも一隊を率いる隊長に。
身構える相手をじりじりと追い詰めるのが趣味とも言えるこの自分に。
こう物怖じせず啖呵を切るのは彼女以外にいやしない。
市丸はぐぅ、と一声呻くと平静さを取り戻すべく乱れた髪を片手で直す。
そもそも、往来で言い合っている場合ではない。
問題はあの、妙に素直で妙に信じやすい恋人とどうやって向き合うか、ということで――。
勝ち目のない戦いに見切りを付けた市丸は十番隊舎を仰ぎ見る。
「まぁそれはともかく。こうなったら部屋まで行くしかないわね。張り込むか、忍びこむか」
豊かな髪をふわりと靡かせ、涼しい顔で松本が言う。きりりと引き締めた表情は頼もしくもあるが、言っている事に進歩はない。
「またそれかい」
「いいじゃない、恋人同士なんだから」
「…その発想がこの事態を招いたんとちゃうんか」
まるで参考にならん。
苦々しい表情で打ち切った市丸は、無意識に少年の霊圧を探ろうとして…代わりに手のひらを緩く握る。
僅かだが躊躇いがちに伏せられた瞳に気が付いて、松本は赤い唇を微かに開いた。
「来る者も去る者もどうでも良かったくせに」
「ん?」
ぽつりと呟いたそれは、思わず零れてしまった本音。
ただの独り言。教えるつもりは毛頭ない。
松本は腕を組むとぐいと胸を反らせた。
「何でもないわ。でもこのままだとほんとにおまじないの通りになるわよ」
「そ、それはアカン!!」
途端青ざめた市丸はぶんぶんと首を振った。
松本の言うおまじないとは、日番谷が仕掛けたバレンタイン限定ミッションのことである。
そのおかげでぎくしゃくしているというのに、このままではおまじないの通り――つまりは年内に破局、ということに――…。
「冗談やないわ。こんなんで別れてたまるかい!」
「だったら四の五の言わずに行ってらっしゃい!少しは強引にいかなきゃダメよ」
「…う。そんな簡単に出来たら苦労せんわ」
何だかんだと腰が引けてる市丸に、己の所業を見事に棚に上げた松本がぶちんとキレた。
「めんどくさい男ねぇ!もたもたしてるとあたしが隊長を貰っちゃうわよ」
「えっ」
つい、と上げた顎。自身満々な瞳。軽く弧を描いた赤い唇――。
その全てに市丸は青ざめる。
やりかねない。この女ならばやりかねない。
日番谷を抱きしめて舌を出す彼女の姿を想像し、市丸はぶるりと身を震わせた。
どのみちこのままというわけにもいかない。あの子の性格上、自分が押して行かないといつまでも平行線のままだろうし。
「…今夜行ってみるわ。言っとくけど、余計な手出しは無用やで」
これ以上引っ掻き回されてはたまらない。
念を押す市丸に松本は「解ってるわよう」と唇を尖らせた。
そして去っていく背の高い後ろ姿を見送って、若干大きな独り言。
「ですって、隊長?」
うるせぇ、と言わんばかりの綿雪が渡り廊下にふわりと舞った。