* 短編小説 *
□ * ただ一人の特別な人へ *
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現世に降りたときにたまたま流れていた音楽の歌詞に、こんなのがあった。
――――お互いのことをもう 探るのはやめよう
――――もうわかっている
――――君は僕が好きで 僕は君が好き
その時はなんとまぁ自信過剰な、と思ったものだ。
でもそれから数年たった今、確かにこの通りの状況になった、と、思う。
と、思うだなんて煮え切らない理由はただ一つ。
互いに想いあっているはずなのに、どちらも決定的な言葉を言えずにいるからだ。
「で、とうとう告る気になったってわけね」
ああだこうだとずらずら並べられた煮えきらぬ言葉に、乱菊は残り僅かな酒を猪口に注ぎつつ代わりに結論を述べてやる。
「や、でもな、迷惑やったらどないしよ、とか思うとな」
「じゃあやめればいいじゃない」
「でも、ボクが思うに日番谷さんもボクの事なんとなくええなと思っとるはずやねん」
「…だったら言えば?」
「でも迷惑になったらアカンし、万が一のことを思うと、これからの長い死神人生どう付き合うていったらええか」
「あーーもう!男だったらはっきりしなさいよ!」
めんどくさいわねえ!と空の徳利をちゃぶ台に叩きつけんんばかりに置いた乱菊は確実に市丸よりも漢らしい。
「おじさーん!同じのもう一つお願いね〜!…ともかく、言いたいなら言えばいいでしょ。どうせ今だってロクに相手にされてないんだから大差ないわよ」
「んな!そ、そんなことあらへんっ!日番谷さんはテレ屋さんなだけやねんッ!この間ボクが持ってった甘納豆喜んでくれたし、アイスだって喜んでくれたし!」
「結局言いたいの言いたくないのどっちなの!?」
大体差し入れが嬉しかっただけなんじゃないの?と喉から出かかったがトドメを刺すには哀れすぎる。変わりに結論を詰め寄ればまたグズグズとちゃぶ台に沈み込んだ。
――――正直に言うと。
幼馴染である市丸の本気具合が乱菊にはよく分かる。そして隊長である日番谷の入隊以前から知る自分としては、日番谷にとってどれだけ市丸の存在が助けになっているかもよく知っている。
だから市丸の『日番谷さんもボクの事なんとなく好きやと思う』という言葉が的を射ていることを知っている。
でも、だからと言って、手を貸してやるかと言うと別の話し。
『だってだってだって、なんか悔しいじゃない!!』
寂しさと悔しさが入り混じった気持ちが上司と幼馴染の幸せを願う以上に強いのだ。
だがしかし。
年がら年中こんな愚痴のようなノロケのような相談事に付き合うほど暇じゃない。
そりゃあ最初は面白かった。
男にも女にも人気の高い二人が乙女のように想いあっては一歩も進めず、やっと前進したかと思えば後退する様は見てて大変面白かった。ぶっちゃけそれを知ってる優越感もあった。
だがしかし!
回を増すうちその気持ちも徐々に薄れ、今では正直めんどくさい。
酒は楽しく呑むものだ。幾ら奢りでも、この状況は楽しい酒とは言いがたい。
…となれば。
「じゃあ、一肌脱ぎましょうか?」
「…へ?」
にっこりと極上の笑みを浮かべた幼馴染の美しい顔をぽけっと見ていた市丸は、次の行動にぎょっとした。
「あ、隊長ですか?今ギンと呑んでるんですけど時間あります?…え!?嘘!すみませーん!明日やりますのでっ!…ええええええ!?……ハイ。…ハイ…。解りましたぁ」
思いがけず仕事の不手際を怒られた様子の乱菊に溜飲が下る。なんてことは全くない。
一言目に口にした隊長とは、明らかに彼女の上司。つまりは自分の想い人ではないのか!?
「はぁい…。じゃあ待ってます。お願いします。…んもう、アンタのせいで怒られちゃったじゃない!」
動揺しているうちに電話が終わったらしい。通話を切った途端の文句ははたして市丸のせいだろうか。だが今はそれどころじゃない。
「待ってますってなんやの。まさか日番谷さんがここに来るん!?」
「そのまさかよ。で、代わりに私が仕事する羽目になったわ!あーもう、電話なんかしなきゃ良かったー!」
慌てる市丸。嘆く乱菊。
騒がしい隊長格二人に文句を言える命知らずはこの店内にはいなかった。