* 短編小説 *
□ * 砂の城 *
2ページ/5ページ
どれぐらい進んだのだろう。肝心の霊気の源にはまだ到達する様子はない。
光ゴケに包まれた洞窟は、脇目も振らず自分をただひとつの方向へと導いて行く。
しかし上に、左右に。日番谷をもってしても、まっすぐ伸ばすことなく手のひらが付くほどの狭さは、閉所恐怖症じゃなくても頭がおかしくなりそうだ。
しかも、気が滅入るのはそれだけじゃない。
前方から誘うように漂ってくる、冷気に紛れた生暖かい霊気。うねうね曲がる道も手伝い、絡み付くそれが血液の流れのように感じられて、ここが巨大な蛇の体内ではと錯覚してしまいそうだった。
「ちっ」
小さな舌打ちで拡散しそうな意識を集め、背中の柄をそっと握る。
巨大な力をこの一振りの中に押し込めた、自分の半身。
これを手に入れたのもまた洞窟の中だった。
「…ち」
だからここは”あそこ”とは違うってのに。
場所も広さも共に居る連中も。何もかもが違うのに、洞窟というたったひとつの共通点に意識が揺らぐ。
とうに振り切った感情が心を乱す――。
…くいくい。
いつの間にか立ち止まっていたらしい。
袴の裾が岩にでも引っ掛かったのだろうか。ぐいぐいと後方に引っ張られていた、が。
歩いてもいないのに引っ張られるなぞ、
「あるわけねぇッ」
叫びながら足を振り払い、素早く身構えると足元で「ひゃー」という悲鳴が上がった。
「え」
足元で、「ひゃー」?
つーか、聞き覚えのあるこの声は…。
「い、市丸人形ッ!?」
今の今まで日番谷がいた場所に転がるそれは、先ほど市丸に突っ返した手のひらサイズの小さな人形だった。
恐らく市丸がどこかに忍ばせたのだろうが、まさかカラクリ機能まで付いているとは思わなかった。
「……びっくりさせやがって」
がくり、と脱力しつつそれを拾い上げると、パンパンと軽く埃を払う。
頬についた泥を指で拭ってやったところで、はたと違和感に気がついた。
何をかというと、この人形。妙に精巧過ぎやしないか?
着物や羽織は切れ端を使えばそれでいいが、肌とか髪とか、…そう、まるでミニチュアの――。
「……義骸か!?」
「あらま、バレてもうた」
くったりとしていた“市丸”が、途端ぴょこんと跳ね起きた。
現世で見た、フィギュアとかいう人形が動いているような姿に、日番谷は危うく“市丸”を放り出しかける。
「なっ!おま、なんだソレはッ」
「せやから義骸。こんなこともあろうかと、阿近に頼んどいたんや。特注やで〜」
こんなことって日頃お前は何を考えてるんだとか、そりゃそんなもん欲しがるのはお前ぐらいしかいないだろとか、でも一度ぐらいなら入ってみてもいいかもとか、山ほど浮かぶがまるで言葉にならず。
その混乱を解っているのかいないのか、目を見開いたまま固まる日番谷の手の中で、“市丸”は新しいおもちゃを自慢するように「うくく」と身体を揺らせた。
「可愛えやろ?今度日番谷さんの分も作ってもらおか」
「…………………いらねぇ」
緊張感ゼロの“チビ”を手に持ったまま、日番谷はその場にしゃがみこんだのだった。
☆ ☆ ☆
「こっちやで〜」
「一本道にこっちもクソもあるか」
ついてきてしまったものは仕方がない。
不本意ながら“市丸”を頭に乗せた日番谷はずんずん先を急いでいた。
はじめ“市丸”は日番谷の胸から顔を出したいと主張したが、自分の顔程もある翡翠に睨まれては断念するしかなく。とは言ってもふわふわの髪の上もかなりの心地よさで、すっかり本来の目的を忘れそうになっていた。
「ええなァ、コレ。たまにちっこくなってもえぇ?」
「バカ言うな。今度入ってみろ、捨てるぞ山奥に」
「ええ〜…」
市丸は実に残念そうだが、この姿は便利なだけではないという。製作者の阿近曰くリスクも相当高いようで、剣は当然としても鬼道すらまともに扱えないときては、危なくてオチオチ入ってなどいられない。
そんな危険を犯してまでついてきたのかと思うと、腹立つ反面若干嬉しくもあったりして。
(…いやいや違うだろ!こんなバカなことするヤツを可愛いって違うだろ!)
惚れてしまえばアバタもエクボ。そんな甘さをしかめっ面の下に押しこんで、日番谷は壁に手を当てて意識を集中した。
徐々に中枢に近づいているのは間違いない。
壁向こうで蠢くような違和感は濃密さを増していて、それが手のひらからこちらの体内に侵入し、じわりと侵されていくような不快さが背筋を這い上がってくる。
自分にこんな感覚を与えるこの壁の内側は、どうなっているのだろう。
…いや、どうなってしまったのだろうか。
「走るか」
理由などないが、のろのろ歩いていてはいけない気がする。
この道の先には何か許されざるモノが待っている。そんな気がするのだ。
「それは構わんけど、ボクが落とされない様にお胸に、っひゃ!」
潜り込んだ霊子を落すように手を払うと、セリフの途中で草履を鳴らす。
急な加速に悲鳴を上げるバカ野郎に緊張感を奪われそうになりながら、苔むす道を走り始めた。