* 短編小説 *

□ * 砂の城 *
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離反目前。任務中。ひっそり胸に秘めている市丸さんと、まだ何も気がついていない日番谷、乱菊、吉良の4人がメイン。初書きの意外な人も登場。
コメディ(7割)→シリアス(3割)
悲しいシーンや重いシーンはありませんが、離反目前なので切ない部分もあります。







 * 砂の城 *







延々と続くかのような洞窟の中で、4人は立ち尽くしていた。


「…アラ」
「…困りました、ねぇ…」
「…どないする?日番谷さん」
「…………………」


松本、吉良、市丸の3人の視線を一身に浴びて、日番谷は複雑な顔で腕を組む。
誰一人決定打は打たないけれど、考えていることは手に取るように解るから。


「………俺が行けばいいんだろ!」


この場合、任務を続行出来る事を喜ぶべきか、小柄なこの身を恨むべきか―――。


いきなり低くなった天井を睨みながら、ヤケクソ気味に日番谷は叫んだのだった。






☆ ☆ ☆







遡ること一時間前。
任務で訪れた洞窟を前に、日番谷は不機嫌極まりない顔になった。


「何でお前らがここにいる?」


『近隣の虚増加の原因を調査し、速やかに対処せよ』
そう命を受けたのは、我々十番隊だったはず。

なのに何故か、一番怪しい気配を発するこの場所に来てみると、ヘラヘラした恋人と困った顔の金髪が待ち構えていた。


「お手伝い。日番谷さん等の」
「これは十番隊の任務だ。お前らの出る幕はねぇ」


さっさと帰れ。そう早口にまくし立てるが、上機嫌な恋人は怯むことなくにんまりと笑う。


「そないなこと言われても〜。ボク等、爺様の命令で来ただけやもん、なァー?」


援護を求める間延びした声に、吉良が神妙に頷いた。


「疑われるのはもっともですが、今回は本当なんです。…どうぞ」
「…ちょい待ち、イヅル?」


ひとつふたつ、気になる単語があったんやけど。と、眉間を寄せる市丸を無視して差し出された用紙を受け取り、日番谷はまじまじと達筆な文字に目を落とす。
総隊長の銘の入った辞令には、なるほどこの作戦に参加せよと書いてある。


「な?な?本物やろ?」
「…いやまて。調べさせろ」


嬉しそうに両袖を口許にあてる市丸を片手でいなし、裏返したり、透かしたり、指で文字をなぞったり…と一通りのチェックをするがどこにも詐称したような箇所がない。


「…本物っぽいぞ、松本」
「甘いですね、隊長。炙れば尻尾を出すかもしれません」
「そうか、狐だしな」
「……」


ああでもないこうでもない、と念入りに確認する幼馴染と恋人の姿に、市丸は無言で項垂れたのだった。








さて、さんざん検証した結果本物らしいと落ち着いたため、4人揃って洞窟へと乗り込んだ、のだが。


「なんだよ、まだむくれてんのか?」


ちら、と隣を見上げると、市丸は唇をへの字に曲げた膨れっ面。つーん、と壁ばかりを睨んでいる。


「悪かったけど。仕方ないだろ?お前常習犯じゃん」
「そうかもしれへんけど!今回は本物やて言うたやん!」


確かに市丸はかまって欲しさに四六時中偽の令状を持ってくるが、「本物」と嘘をついた事はない。
そもそも、いつものそれは明らかに手が入っていると解るような代物で。

それを「今回は本物」と主張したのに、誰も――吉良にさえも信じて貰えなかったため、すっかり拗ねてしまっていた。


「うるっさいわねぇ。日頃疑われるようなことばかりしてるのが悪いんでしょ」
「全くだ」
「ですね」
「…キミ等反省って言葉知っとる!?」


自分に対する扱いの悪さに「あんまりや〜!」と両手で顔を覆うデカい男を完全に無視し、日番谷は冷たい壁に手を当てた。




「それはともかく――――、“いる”な」

「はい」


日番谷の低い呟きに、腰の灰猫を意識の中で確認しながら松本が頷く。
洞窟の気温は外部平均。夏場は湿度の割に涼しいのが普通だが、こははそれだけではない強い霊気が混ざり込んでいる。
それは奥に行けば行くほど強くなり、肌寒さを通り越し鳥肌すら立っていた。

隊長の背中を護るのが自分の役目。だがいざとなれば隊長を守り、斬り込むのも自分の仕事。
気負いはしないが油断は禁物。何事にも絶対はないのだから。


「だいじょーぶ。日番谷さんとボクがおるやろ」


集中を高めた松本に、振り向かない背中が軽く笑った。
日頃、ちゃらん、ぽらん、へらん、としか言いようのない市丸だが、いざという時に頼りになるのは間違いない。

だからそっと息を吐いた事は内緒にして――ぐいぐいと細い背中を両手で押した。


「そうね。じゃ、アンタ先頭ね。しっかり隊長とあたし達を守ってちょーだい」
「…乱菊は自力でなんとかしぃや」


…ったく。

軽口を叩き合うふたりを溜息交じりに眺めると、日番谷は胸の星に軽く触れる。

…大丈夫。ここは”あそこ”ではない。
軽い深呼吸を一度して、ぎゅ、と目を閉じて。


「…行くぞ」


霊気漂う中心に向かって、真っ直ぐ足を踏み出した。





…――のだが。


しばらく進んだところで、4人は立ち尽くす羽目になってしまった。それが現在のことである。

更木でも屈まずにすむ高さと、駒村が並んで歩ける幅を持った洞窟が、突如草鹿、日番谷クラスの体格しか許さなくなったのだ。
自然なのか、崩れたのか。はたまた何モノかの意図なのか…。



「俺が行けばいいって…。ひとりで行く気ですか!?」
「あぁ」
「草鹿さんか朽木女史を呼ぶという手もありますが?」
「草鹿は……余計面倒だからいい。朽木の妹を借りるにしても時間が掛かる。大丈夫だ、無茶はしねぇから。…って、市丸?」


松本、吉良に答えていた日番谷は、ふと横に立つ長身に目をやった。

こんなとき「一人で行くなんて絶対アカーン!」と一番に大騒ぎするだろう人物が無言なのだ。逆に気になるじゃないか。
しかし仰ぎ見た先の市丸は、騒ぐどころか口端を上げて袂から取り出した何かを日番谷の手に押しつけてきた。

それは、手のひらサイズの小さな人形。
どこで手に入れたのか解らないが、黒い着物に白い羽織。藤色掛かった銀髪に糸のような目をした…言わずもがなの市丸人形だった。

そうか、それでか。コレを持たせたいだけなんだな?


「市丸くん人形やねん。お守りに持ってったって」
「………いらね」
「ちょ、何すんねんッ」


ぽい、と放り出したソレをキャッチしてぎゃんぎゃんわめく市丸に、日番谷は今日何度目かのため息をついた。

ちょっとしたことでとんでもなく心配するかと思えば、こういう大事な場面でふざけた態度。
こちらを信用しているからこそとも言えるが…。やっぱりコイツの考えてることは解らねぇ。

頼りになるのはこっちのふたり。そう判断した日番谷は副官ズに向き直った。


「松本はこのまま待機。吉良は戻って救援の準備を頼む。一時間以内に戻らなかったら総隊長の指示を仰げ」
「「はい」」
「頼んだぞ」
「なァなァ。ボクは?」


くるり、と前方に足を向けた自分の肩に手を乗せて、にこにこ聞いて来るバカ野郎に掛ける言葉なんぞ一つしかない。


「てめぇは帰って茶ァでも飲んでろ!」


ていっ!とその手を払ってずんずんと進み出せば、背後から能天気な声が追いかけてきた。


「りょうかーい!気ィ付けてな〜」


振り向く気にもなりゃしないが、大方手でも振っていたのだろう。
松本に張り倒された(ような)鈍い音を背中に聞いて、もう一度溜め息を付いてから日番谷は前方に意識を集中させた。



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