* 短編小説 *

□ * 同僚以上恋人未満 *
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隊舎内を抜け、暫く行くと分かれ道に差しかかる。
真っ直ぐ進むと、隣の十一番隊。曲がると自隊の修練場。

やかましい十一番隊に行く気にはなれず、日番谷は迷わず修練場へと足を運んだ。



隊員総出で事務処理に勤しんでいるのか、偶然なのか。珍しく中からは気配ひとつ感じられない。

丁度良い、と懐から木板を取り出すと、鍵穴にがちゃりと差込んだ。
その側面に複雑な紋様が走り、開錠の音が鳴る。静かに木の戸を開け素足になると、軽く一礼をし足を踏み入れた。


修練場独特の、外気よりもひやりとした気に迎えられ、日頃から張った背筋が更に伸びる。

これも気が引き締まるからなのだろうが、不思議と修練場に入ると暑さも寒さも気にならなくなってくる。
この、意識が全身を張り巡るような緊張感が好きで、隊長職につく前はよく一人で来たものだが、最近は忙しく…。前回来たのは何ヶ月前か、といった程だ。

しかもそれ自体、隊員達の演習の監督だったはず。


(そりゃなまるな)

一人納得し、日番谷は木刀を取り出すべく用具室を開けた。


元々事務処理よりも、身体を使うほうが好きなのだ。
しかし隊長職とは事務仕事ばかり。時折刀を握る機会があっても、本気を出せるとは限らない。
それは、隊員の指導であったり、討伐の同行であったり。

まぁ、隊長が全力を出すような事態がそう年中あっても困るのだが。



氷輪丸と似た長さの木刀を選び、その重さに違和感を感じつつ、ぶんと振る。

しかし十番隊の木刀は少々特殊で、本来ならば布が巻かれているだけの部分に鍔がある。
真剣のイメージが沸きやすいだけ、良しとしなければならない。


背中の刀と羽織を脱ぎ、中央まで進むと軽く首と腕を回す。
目に見えぬ相手に一礼し、軽く中段に構えると静かに目を閉じた。



細く、長く息を吐き、静けさに意識を研ぎ澄ます。
閉じた目の先に相手を仮想し、息を詰め、木刀を握る指に力を込める。


添えた手の先、半歩踏み出した片足、張り詰めた背中、見えない頭上、切っ先の向こう――と、ゆっくりと意識を広げていく。

少しづつ、少しづつ。暗闇の先に細く白い影を仮想し――――。



ダンッ!!!


裂帛の気合の元、踏み込み、突く。
かわす”相手”の剣先に刃を合わせ、逃さない。

飛び退る胴のぎりぎりを己の刃が薙ぐ。片足が地面に付いたその反動で、即座に踏み込んで来る”相手”の一撃を逸らし開いた眼前を的確に突く。首を傾げ迫る刃先をかわしながら一閃する刃を弾き、その勢いのまま跳んで距離をとると正眼に構えなおし―――。



…かたん。


ふいに鳴った小さな音に、意識の中の”相手”は霧散した。
振り返ると、見知った男が開けた戸にもたれ掛かり、こちらを眺めている。



「すんませんなァ。邪魔してもうて」


ゆったりとした京訛りと、口先だけの謝罪。
細く、白い仮想相手が具現化したかのような姿に、日番谷はつい、と視線を外した。



「こんなところまで何の用だ」


つれない態度に項垂れることなく、市丸は袖に手を入れたまま薄い唇を楽しげに上げる。


「執務室におらんから――。霊圧探ったらここに居ってん」

「……用があるならば聞く。ないならば出て行け」


素っ気無く答えると、背後で市丸が「いけずやなぁ」と薄く笑った。




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