* 短編小説 *

□ * ソレは伝染する病に似ている *
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後輩で同格の阿散井曰く、瀞霊廷一のバカップル、と言えば100人中99人までが同じ一組みを答えるらしい。

そのふたり、実力・知名度・体格差。そして人騒がせ度。
全てにおいて抜きん出ているのは、自分だって認めるところ。

とはいえ人の噂程アテにならないものはない。と思っている射場は、猪口を弄りつつ「そうじゃのう」と曖昧に頷いた。
そんなイマイチ乗らない返事にもめげることなく、阿散井は「でしょう?」と身を乗り出す。
そして周囲をうかがい、頬に手を当てると内緒話の体勢に入った。


「でも、もし、もしですよ?藍染隊長と卯ノ花隊長がくっついたら…アノ人達以上にスゴくないッスか?」

「…うむ。それはまぁ…。あまり見たくない組み合わせじゃのぅ」


と言いつつその“スゴい”光景を想像してしまい、射場は口許まで運んだ猪口をげっそりと外した。

隊長なんて言われる人種は、外見だけで判断しちゃいかん、と常々射場は思っている。優しげな風貌通りの内面だったら、あの地位まで上り詰める事も維持することも出来ないはずだ。
笑顔の下に何を隠しているかなんて凡人の自分には皆目見当がつかない。

であるが故に、阿散井の言う“アノ人達”の片割れ――市丸以上に不気味と言うか何と言うか。


笑み、恐怖、得体が知れない、という共通ワードから見事三人が連結し、とうとう射場はイヤな溜息を吐いてしまった。

酒は美味しく呑むもんだ、とは酒飲みならば当然の弁。
あのふたりならばこちらのふたりの方が幾らかマシ。指に挟んだ猪口をくいと煽り、丁度いいので気になっていた疑問を口にした。


「そもそも市丸隊長と日番谷隊長が“そういう仲”かなんて解らんじゃろう」

「何言ってんスか!射場さん!どっからどう見ても“そう”じゃないですか!」


軽い気持ちの発言は阿散井に鼻息荒く却下される。どうやらちゃぶ台を叩く毎に、酔いが回る体質らしい。




ここは、瀞霊廷にのれんを構えるとある飲み屋。
安くてうまいと評判なだけあって、下位から彼等のような隊長格までが贔屓にしてる繁盛店である。

今日は日頃の労を労い合おう、と銘打って、松本プラス野郎連中でどんちゃん騒ぎの予定だったのだが。
急に女性死神協会の会合が入ってしまったとやらで、酒豪の女性副隊長はあえなくキャンセル。心底残念そうな地獄蝶が一刻前に来たところ。


結局男ばかりのむさい呑みとなってしまったからだろうか。気が付けば四人で向かっていた筈のちゃぶ台からふたり姿が消えていた。



「…ん?檜佐木と吉良は?」


帰っちまったんじゃなかろうな、と首を捻ると、座敷の隅で頭を抱えてうずくまる物体が目に入る。
思い違いでなければその黒く震える塊は、先ほどまで自分の横で呑んでいた行方不明の片割れ――、すなわち隣隊の副隊長。

酒豪揃いの護廷隊隊長格のなかでも、檜佐木は酒に弱い方ではない。
全く珍しいこともあるものだ、と射場は身を屈めて覗きこんだ。



「………………」

「……は?」


頭を抱えたその下で、何やら呟く声がする。
…これはかなりまずいんじゃないか?と肩を掴んで耳を近づけると。



「…やめろ…。来る、来る、来るぅぅ…」

「……オイ」


意味はさっぱり解らないが、それだけを繰り返す檜佐木は明かに尋常ではない。
頭を掻きながら改めて見渡せば、吉良は潰れて意識がないし、阿散井はそんな相手に向かって飽きもせず下世話な話を続けていた。


「………」


いつの間にこんな事になっていたのか解らないが、揃いも揃ってこの状態では、もうお開きにした方が良さそうだ。
そう決めて溜息交じりに目の前の腕を取った途端、予想外の力で振り払われてしまった。



「うおっ!?」


思わず尻餅をつくがそれどころじゃない。ゆらり、と起き上がった檜佐木はカッと目を見開くと、まだポカンと見上げる射場の横を神速ですり抜ける。
そして止める間もなく吉良に向かって華を咲かせる阿散井の胸倉をガシィッ、と掴みあげ。




「やめろって言ってんだろがァ!来るったら来るんだよォォ!!!」

「そうだー!!」


目を血走らせた絶叫に、寝ていたはずの吉良が腕を振り上げて賛同した。







☆ ☆ ☆





「その…スンマセン。俺、なんかまずかったスか?」

「解らん…。お前さんが大虚にでも見えたんかのう」


一瞬静かになった店内に再び喧騒が戻った頃。
すっかり酔いの醒めた射場と阿散井は、顔を寄せ合ってちらりと背後を伺った。

そこには突然うずくまったかと思ったら叫び声を上げた檜佐木が、今度は壁に向かって膝を抱えている。



「うわー…。やっべぇ、先輩別人スよ。…もしかして、」

あん時のトラウマなんすかねぇ…。


額から顎にかけて三本指を引いた阿散井に、射場は小さく声を上げた。



「どうかしたんスか?」

「いや…。ひょっとしてトラウマんなっとるのは、虚じゃのうて先々月の瀞霊廷通信…」


ばたばたげしっ!

「うおっ」


皆まで言う前に、今度は部屋の隅にダイブする檜佐木の巻き添えを食らって吹っ飛ばされる。
それにはさしものふたりもぶつりとキレた。



「大概にせえよ檜佐木!そがぁなとこ潜るんじゃないっ」

「そ、そうスよ、先輩!座布団の下は無茶ですってー!」

「ひぃぃ!も、もう勘弁して下さい市丸たいちょぉぉう!!」

「え!?隊長どこ?隊長どこ!?今日こそ判子下さーい!!」


綺麗に重ねてあった座布団に頭を突っ込む檜佐木と、伝票片手に立ち上がる吉良を押さえつけながら、ふたりは確信した。
間違いない。射場の予感は的中で、檜佐木の異常の原因はあの人達に関わったから。

瀞霊廷一のビッグカップルと噂されつつも、市丸怖さに誰も確かめられなかった真実を暴露した、あの瀞霊廷通信特集号。


人々の心からは忘れられつつあったとしても、時の英雄を蝕む恐怖は、まだまだ薄れてはいなかったのだ――。


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