* 短編小説 *

□ * Happy birthday to you *
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日番谷さんの誕生日も祝ってますが、市丸誕生日話です!










「なァなァ、イヅルぅ」

「はい、何でしょう?」

「今日、なんの日か知っとる?」


質問に質問で返されて、吉良はゆっくりと顔を上げる。声のした方向に目をやれば、山積みの書類の隙間から、やる気のなさそうな腕だけが机の上に伸びていた。


「勿論存じてますよ?“お誕生日おめでとうございます”」

「…解っとるのに、何で休ませてくれへんの〜!?」


…今何と?

信じられない訴えに、吉良の片頬がひくり、と震えた。


「どうして休んで頂かなければならないんですか?」

こんなに仕事が溜まってるのに。


いつもの吉良ならば絶対に口にしないセリフと冷やかな微笑みに、ぎゃんぎゃんと暴れていた市丸の腕がピタリと止まる。そして怯えたように書類タワーの向こうにゆるゆると消えていった。



今日は九月十日。敬愛する市丸隊長のお誕生日。
勿論吉良だって、今日はゆっくり休んで頂きたいと思っている。
ちょっとした業務ぐらいだったら自分が代わりに。そんな風にすら考えていたというのに。

そうはいかない現実が今、目の前に山積みになっているのだから仕方がない。
副隊長の仕事を隊長が代わりにする事は出来るけど、その逆はどうしたって限界があるのだ。

余程書類の期限が迫っているのかいつになく厳しい腹心に、しかしその元凶はへこたれず食い下がってきた。


「…お、お誕生日やから?」

「そうですね。では休んで頂いて結構ですよ」

「ほ、ほんま!?ほな早速」

「そちらの書類が全て片付いたら、ですけどね」


それまでは一歩たりともこの部屋から出しません。
そんな言外の言葉が聞こえた気がして、市丸はうぐ、と喉を詰まらせた。




『現世には“誕生日に休む”ゆう習慣があってな、その日はどんなに忙しくても、皆お休みするもんなんや』

『そうなんですか…!さすが市丸隊長、博識ですね!』

『イヤイヤ常識やで?イヅル。良かったなァ。恥掻かへんうちに気ィついて』




あの時『はい!』と頷いた従順なイヅルは、一体どこにいってしまったのか。
この子の交友関係から推測するに、悪影響を及ぼしたのは乱菊か、阿散井クンか、雛森ちゃんか。


(阿散井クンてことにしとこ)


学習機能、という単語に行きつかない市丸は、最も八つ当たりしやすい相手を即座に選ぶと吉良に向かって唇を尖らせた。


「こんなん今日中なんて無理やって〜!…実はイヅルには言うてへんかったけど、ボクは一時間に一度日番谷さんの顔見ぃひんと死んでしまう病なんや!」

「それは大変ですね。…ところでこの程度、隊長なら2、3時間で終わる量なんですから頑張って下さい」

「そないアッサリ流さんでもっ。…て、ひと山1時間計算かいな…」


三十センチ程積まれた紙束の四分の一を指で計り、「これを十五分…絶対無理や」と無駄な計算をして現実逃避する上官に、吉良はやれやれと息を吐いた。

折角の誕生日に不憫だとは思うけど、ここまで溜めたのは、紛れもなく市丸隊長ご自身。本来、目を通して頂きたい書類はもっともっと、もーっとある。
それを隊長印が必要なものだけ選りすぐってコレなんだから、下手な同情は禁物なのだ。

咳払い一つで甘くなりがちな己を戒めると、吉良は暑さを残しながらも少しづつ秋に染まり始めた窓の外に目をやった。


(あれ…?)


そこに意外なものを認めた吉良は、市丸にも気付かれぬようにさり気なくそちらに注意を向ける。
窓枠の向こうでチラチラしている銀色のツンツン頭は、間違いなく日番谷隊長の髪の毛で―――。
窓を叩こうかどうしようか悩んでいるのか、所在なさげに揺れるそれは、


(おっと…)


ついつい凝視しすぎたのか、窓の外から翡翠がこっそりこちらを覗く。
慌てて窓横の暦を見ている風を装うと、安心したのか再び銀糸がひょこりと消えた。


(ひょっとして…)


執務中に私用とは珍しいが、隊長の誕生日だからお祝いに来たのかも…。と思い付き、吉良は小さく笑って席を立つ。
可愛らしいその姿に、ほんの少しだけ…と気を利かそうとしたのだが、今まで日番谷が潜んでいた場所から舞い上がったひらひらとした黒いものに目を奪われ、ついついその名を呼んでしまった。


「地獄蝶…」

「ん?…あ!日番谷さんとこのやんか!」

「あ、ちょ…!」


耳ざとく聞きつけた市丸が、蝶の番号に反応する。止める間もなく窓を開けて、すらりと白い腕をそれに伸ばした。
そんなに身を乗り出したら見つかってしまう!そう思って咄嗟に身を竦ませた吉良の耳に、捕らえられた日番谷の悲鳴が――――届かなかった。


(あれ?)


蝶を指に止まらせて、機嫌よく部屋に運び込む市丸の隣でこっそり窓下に目をやるが、瞬歩で去ったのか日番谷の姿はそこにない。
何となくほっとして上司を見ると、部下の挙動不審に気がついているのかいないのか。ちょうど伝言を聞くところだった。


「何やろ何やろっ。今すぐ会いたい、やったりして〜」

<だったら行ってもええやろー?日番谷さんを寂しがらせたら可哀想やってイヅルも思わん?>


はなから仕事の用事と思っていないのか、そんな都合良いことを言いつつ蝶に意識を合わせた市丸は、じっとその声を聴いていく。
傍目にもにまにましていたその顔が、薄紙を剥ぐ様に柔らかくなっていく姿を横で見つめ、吉良はつられて微笑んだ。


「良い伝言だったみたいですね」

「ん?…ちゃんと仕事しぃ、て」

「え」

「そしたら晩ご飯食べ行こ、やって」

「それは良かったですね」


うん、と嬉しげに笑う市丸の指の上で羽を休めていた蝶が、会話の終わりを待っていたように、再びそれを広げて語りはじめる。


「あれ?続きあるんかいな」

「みたいですね」

「…んん。聴こえにく…」


心に響く声に、物理的な騒音が邪魔になることはない。だけど反射的に指先を耳もとに近づけると、もう片方を手で塞いだ。
少しづつ聴き取れるようになってきた声に、市丸は心を傾ける。


「ん?何やろ、これ、…………―――あ、」


≪〜〜〜♪〜〜〜…♪♪≫


聴こえてきたのは、照れくさそうな、だけど嬉しげな小さな歌声。それは以前市丸が歌って聴かせた誕生日の曲で―――。


「……覚えててくれはったんや…」

「え?」


聞き返す吉良に、市丸は小さく首をふった。
その声を聴きながら、去年のやり取りが甦えり胸の温かさが増していく。




『はっぴばーすでーとぅゆー♪はっぴばーすでーとぅゆー♪』

『なんだ?いきなり』

『はっぴばーすでーでぃあ日番谷さ〜ん♪はっぴばーすでーとぅーゆー♪お誕生日おめでとーっ!』

『………』


執務室に現れた途端ひとり歌いはじめたボクに、日番谷さんは複雑な顔で眉根を寄せる。どう対応したら良いのか困ってしまった日番谷さんに、乱菊がふふ、と笑ろうて口を挟んだ。


『現世の誕生日の歌ですよぅ』

『へぇー…。松本はともかく、何でお前が知ってるんだ?』

『物識りギンちゃんをナメたらあかんで〜』

『何だそれ。てかいきなり歌い出すな。驚くだろ』


差し出したケーキの箱をちらりと眺め、日番谷さんはそう言った。
それに「あかんあかん」とボクは続ける。


『誕生日のお歌はな、“おめでとう”の他に“ありがとう”も籠もっとるんやで。産まれて来てくれてありがとー、出会ってくれてありがとーってな』

『…“おめでとう”と“ありがとう”』

『そ。でもそんなん恥かしくてよう言えんやん?せやからお歌に乗せて伝えるんよ』

『へぇー…』




その時は大して興味なさそうな顔でそっぽを向いていたのに、まさか覚えていてくれたとは。

一杯の気持ちがこもったその歌はすぐに終わり、役目を終えた蝶が羽を震わせ静かに飛び立つ。
甘えるように市丸の周りを数回舞うと、主人の元にふわりと去った。



「“おめでとう”と“ありがとう”、か」


今度ははっきり聞こえた吉良も、穏やかな表情の市丸に意味を問うことはせずその場を離れる。
ここにいない愛しい人との時間でさえも大切にしてくれる腹心に感謝して、市丸は蝶がいた窓の外に目を向けた。

今頃あの子は、このずっと先の十番隊舎で何をしているのだろうか。柄にもないことをしてしまったと真っ赤になって、それを乱菊にからかわれて、もう絶対しないなんて思いながら時計を気にしてくれているのだろうか。

年に一度の言葉と、自分の誕生を喜んでくれた気持ちが嬉しくて、自然と頬が緩んでしまう。
しかしいつまでもニヤニヤしているわけにもいかない。市丸は書類の束に手を伸ばした。


「…さて!しゃあない気合いれて片付けたろか!」

「はい、その意気でお願いします」

「まかしとき!目標1時間。定時には絶対上がったるわ」


精一杯の気持ちを示してくれた恋人と会うのに、さすがに仕事を放り出すわけにはいかないと思ったのだろう。
死覇装の袖をまくった市丸の席に茶を置いて、吉良は壁掛けの時計に視線を移す。定時まであと1時間半。隊長が本気になれば本当に終わるかもしれない。

早速一枚目に取り掛かり始めた、やれば優秀な上司に苦笑を残し、吉良もまた筆を取って執務に戻ったのだった。







結局、神がかり的な市丸の執務スピードの甲斐あって定時には全員退舎。
時々日番谷隊長に蝶を飛ばして貰おうかな…などと考える吉良がいたとかいないとか。




オワリ



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