* 短編小説 *

□ * 梅の花のような、 *
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書類を出しに行ったきり、戻らんキミを探し当てたんは、夕方間近の川辺りやった。
背中の文字をボクに向けて、キミはぼんやり立ち尽くす。

「こないなとこでどないしたん?」

そう声を掛けようとした途端、春一番がボク等の間を通り抜けた。


「わ、ぷ」


口開けとったもんやから、入り込んだザラザラしたもんに顔をしかめとると、キミがゆっくり振り返る。
厳しい冬を耐えて耐えて、ようやくほころんだ梅の花のような、――綺麗な顔で。

(……!)


「バーカ。何間抜け面してんだよ」


飲んだ息を整える前に、一瞬でボクの前に立ったキミは、憎まれ口を叩いて笑う。
それにもボクは釘付けんなった。


気付かんかった。
気付かんかったよ。
いつの間にキミは、こない色んな表情するようになったん?
近くにいすぎて、変化に気付かんほどボクはキミに夢中やったん?

例えばそうや。高くて厚い氷の壁が少しづつ溶けていったとしても、自然すぎて気付かんみたいに。


…あまり黙っとったら怪しまれるから、ボクは無理に息を吐いた。



「ん。何もないよ」


にこぉ、と笑うと上手に隠せたみたいで、キミがニヤリと口端を上げる。


「ああ、それもそうだな。間抜け面はいつものことか」

「あ、生意気」

「わ、おい!」


お仕置き〜、と笑って、髪をくしゃくしゃに乱れさせる。
驚いて目を瞑ったキミに、正直ボクはほっとした。

これで、ボクの歪んだ顔も、くるくる変わるキミの表情も見ずにすむ。
それに、ボクだけに見せる笑顔もや。

そこではたと気がついた。


…そぉや。
つらいことも悲しいことも、嬉しいことも楽しいことも、ボク等一緒に過ごしたんやもんな。

“ボクだけに”

そんな顔があっても不思議やない。
ふたり恋人同士やもんなぁ。


「……」


くしゃくしゃになった髪を撫で付け、ボクはキミを抱き寄せた。
抵抗らしい抵抗もなく、小さな身体が腕の中で頬を寄せる。
それが愛しくて、痛ましくて。懺悔と共に抱きしめた。


ごめん。
…ごめんな。自分勝手で。

離れて行くくせに。
泣かせるくせに。
側にいたくて、触れたくて、優しくしたくて。
自分勝手に、キミを守る壁を少しづつ溶かしとったんやね。


「…どうした?」


くぐもった声に、抱く腕を強めて想いを返す。


あいしてる。あいしてる。あいしてるから―――。


「       」

「…え?」


呟きは口の中で吐息に変わる。


(…愛しとるのに)


どこまでも身勝手なボクは最後の言葉すら告げられなくて、乱れた髪を指で梳いた。




オワリ



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