* 頂きもの 小説 *
□* 爽秋の空 *
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空は高く風は心地良く頬を撫でる。
院から少しばかり離れた小高い丘に寝そべる市丸と傍らの木に寄りかかり文庫本に目を落とす阿近。
それまで紙面にあった視線がふと外方へと動かされ、面倒くさそうに口を開いた。
「……おい」
「何や、」
「お前の客じゃねぇのか」
「……ん?」
言われて目で問う市丸に、あれ、と顎でしゃくる。その先には木陰から彼らを覗き見している二、三人の女子院生。
何やら手に手に小さな箱やら袋やらを持っているようだ。
「あァ、あれな。朝から鬱陶しいねん」
「良いのか?」
「阿近と居ったほうがええ」
それに無音で苦笑いするとまた文庫本へ意識を移す。
程なくバタバタと芝生を蹴る数人の足音。口々に緊張した祝いの言葉をそれぞれの想いと共に口にする彼女たちに気怠く返す京訛り。
「あ、あのっ…市丸先輩、これ…あの…」
「何?」
「あの……お誕生日だって聞いたんで…」
「で?言うとくけど気持ちがこもっとるとか手作りやったらもろても口にする気ぃあらへんから」
辛辣な物言いにぐっと詰まった雰囲気が流れ、空気が変わる。ここは聞こえない振りをするのが得策、と寄生型虚の魂魄抽出方法の頁に意識を移した。
「は、……鬱陶し」
客人が去ったのか、遣り切れないと言わんばかりの声音。少し肌寒くなった空気は暫く外界との接触を絶っていた事を知らせた。
手を翳して見上げるとうっすらと雲のかかった秋色の空に目を細めながら傍らの銀髪へ返す。
「目立つお前が悪い」
「は、面倒くさ」
言いながら僅かばかり起こしかけた上背を芝生に投げ出し、また溜め息の市丸に口端を歪ませて笑う。
「んなこと言ってると手前ん時にしっぺ返し食らうぞ」
「そんなことあらへん、基本的に他人に興味ないし。ボク」
恋愛など鬱陶しくて面倒くさいだけ、と見えているのかどうかも判らない狐目をきゅっと瞑る。
確かに彼の言うとおりかもしれないが、ここまで言ってのけるこの男がそれに堕ちたら一体どのように変貌するのだろうかという興味も拭えない。
「気持ちとやらはこもってねぇが」
「…ん?」
「酒ぐらいなら良いだろう」
実際、市丸の誕生日が今日などとは先刻の女子院生の口から出るまで知らなかった。まあ、特に知ろうとも思わなかったが。
自分に似て非なる部分を併せ持つ得体の知れない友人を祝おうなどと珍しいことを考えていた。
「おおきにな」
それが何故か喜色を含んでいたように思えたのは気の所為だったのか。
空はまだ東の山際がぼんやりと薄墨色を滲ませていた。
オワリ
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