* 頂きもの 小説 *

□* 酒くらべ *
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秋の夜長。




かちん、と陶器同士が触れあう音がしてこぽこぽと半透明の液体を注ぐとそれを持ち上げた主が再度、口を開いた。


「そんでな、その後日番谷さんったら真っ赤な顔してはってなァ……聞いとる?阿近」

「ああ」



少しほろ酔いの市丸が、ねめつけるように顔を近づける。それに軽く首肯して返すと、ほんま?と酔っ払い特有のしつこさが見えて思わず口端を歪めて声なく笑う。それが気に障ったのか否か、盃を手にした指が止まった。



「?…何やの?」

「昔とえらく違うと思ってな」

「……ボク?」

「他に誰がいるってんだ」



呆れた溜息を吐き出すと銚子を持ち上げ空になった盃にこくこくと透明な液体を注ぐ。小さな盃はすぐに満たされて、ゆらゆらと揺らぐ。そこに目を落として訝しげな狐顔を見据えると口をあけた。


「恋愛なんて面倒くさくて鬱陶しい」

「は?いきなり何言うてんの」

「霊術院ん時のてめえだ、忘れたのか?」

「……そんなん言うてた?」

「一人は気が楽」

「あ、それは変わらへんよ。日番谷さんと阿近以外はな」

「……そりゃどうも」

「何、ご機嫌斜めさんなん?」

「別に、」


口では礼を言いながらあまり嬉しくもない口調で返すと、ふん、と鼻を鳴らして盃を傾けてぐいと飲み込む。それを眺めていた狐顔の双眉が悪戯そうに持ち上げられた。


「ははーん、わかったで」

「何がだ」

「大好きなボクが日番谷さんにとられてしもておもろないんやろ」


言うに事欠いて日番谷に対抗心を抱いているなどと戯れ言にもならないことを言い出した市丸。今夜は相当気分が良いのだろうか酒のまわりが早いらしい。


「阿呆か」

有り得ない思考を断絶すべく逃げだそうとした阿近だった。
が、


「せやな、阿近には檜佐木クンっちゅーかわええ子がおるんやもんね」

「………」

「なぁなぁ、檜佐木クンてそないええの?」

「……」

「まあ可愛さで言うたらボクの日番谷さんにはかなわへんけどなー、ふふん」




酔っ払いと阿呆は放っておくに限る。たとえ何を言われようとも、だ。しかし、いかに強いとは言えただいま阿近もその酔っ払いの仲間入りに片足を突っ込もうとしている状態。

だからなのか、のろけに近い戯れ言に思わず反応してしまったのは。



「…聞き捨てならねぇな、」

「ん?何か言うた?」


へらりとふにゃけた顔を阿近に向けた市丸の顔がやけにムカついてきた。手近な銚子を手に取ると盃になみなみと注いで一気にあおり、手の甲で口元を乱暴に拭うとぷは、と酒臭い息を吐いた。


「勝負するか」

「何、やる気なん?珍し」

酔っていても「勝負」という言葉が阿近の口から出た途端、好戦的な表情に変わる市丸。しかしそれは阿近も同じこと。
二人の間で勝負とは霊術院時代から特別な意味を持つ。自身の尊厳とプライドを賭けてもこれだけは譲れない、といったもののためにのみ発動する。

――大層なことを言っているようだがその実、彼らが今まで賭けていたのは涅副隊長の三つ編みの長さだの、藍染の眼鏡の予備数だの、もっと遡って言えば霊術院の庭の柿の実の数とか、まあそういったものだった。
ただし本人たちは大いに真面目であり、それは二人だけに通じる酔狂さとも言えよう。



「ほんならどうすんの」

「てめえはどうしたいんだ」

「言い出したんは阿近やろ?阿近が考えたらええよ」

ボク負ける気せんしー、とけらけらと笑う市丸。そこまで言われたら阿近も引くわけにはいかない。それなりの報復はさせてもらうとばかりに日番谷が後込みするような勝負内容にすべく思考を巡らせた。




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