* 短編小説 *

□ * ひとりのよる、ふたりのよる *
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そんなこんなで市丸が現世に旅立ってから、日番谷は仕事の鬼と化していた。

いつもならば、ワーカーホリック気味の日番谷を止めるのは市丸の役目。
強力なストッパーが不在な今、少年は寝る間を惜しんで働き続ける。

傍から見れば、それはまるで寂しさを紛らわせているようで。


『今日はもう帰って下さい』

とうとう見かねた副官に執務室を追い出され、少年は途方に暮れていた。
勿論、日番谷といえども仕事が好きなわけじゃない。

だけど、仕事が早く終わった時。休みの時。
どうやって時間を潰したらいいのか、解らないのだ。


(どうしよう…)

酒も呑まないし、誰かと食事に行く習慣もない。
市丸と出会う前の自分ときたら、仕事か読書か修練ぐらいしかしてなかった気がするし。

でもそれで、何の不都合もなかったはず。


(……)

結局、ひとりもそもそと美味くもない食事を摂り、外に出る。
当てもなくぶらぶらしているうちに、辿りついたのは穿界門と隊舎を隔てる小川のほとりだった。

そこは、通常ルートで戻ったならば、必ずアイツ等が通る場所。


(…何やってんだ、俺)

その斜面に座りこみ、軽い自己嫌悪に膝に顔を押し付けた。





やかましいぐらい側に寄ってくる相手が現世に降りてから、二週間。
アイツと共に過ごすようになってから、満ちた月が欠けるほどの時をひとりで過ごすのは初めてで。

らしくない不安にぎゅう、と死覇装毎隊主羽織の袷を握る。
そして市丸が任務に出てから初めて、恐る恐る自身の放った言葉を胸に甦らせた。



(『二度と、帰って、くるな』)


それは、心にもないセリフ。
売り言葉に買い言葉みたいなもんで、だからアイツも笑ってて。

なのにまさか。


ほんとに、――帰って来ない、なんて。




どくどくと心臓が早鐘を打つ。浅い呼吸を補うように、速度ばかりが上がっていく。
どうかすると震えそうな胸元の手を、もう片方で強く強く包みこんだ。


(……)

まるで祈るように重ねた手に、生地の違う二枚の感触が伝わって、日番谷はゆっくりと顔を上げる。



自分は、一隊を率いる隊長で。
こんな些細な事に揺らいでいられる立場じゃない。

思いがけず早く終わる仕事もあれば、予定より長くかかるのもよくある話。

だから、大した事じゃない。


心配そうな副官の顔を思い出し、女々しい感情が肥大する前に思考を止める。
川向こうの隊舎に灯る僅かな明かりが、海辺の灯台のように優しくて、細く細く息を吐いた。





「…さて、と」


戻るか!とあえて声に出して立ち上がる。

ぱんぱんと尻を叩き、凝った首をぐるりと回すと遠くの大時計に目をやった。


いつの間にか追い出されてからニ時間あまり。
これから風呂に入ったら、床に着くのは日をまたいでからになりそうだ。

簡単な予定を浮かべながら、ぎゅ、と爪先に溜めを作る。
足元の名も知らぬ草から緑の匂いが立ち昇り、地を蹴ろうとしたその瞬間。





強い力で背後から抱きすくめられて息を呑んだ。



「…!」


長い腕が巻き付いて、頬に寄せられるのはいつもよりも若干高いアイツの体温。
少し首を動かせば、目に入る銀色の丸い頭。



「日番谷さん…や」


肩に埋めているからか、くぐもった声が胸にじんわりと熱を灯す。

よほど急いで駆けて来たのか、覆う身体が上下していて日番谷は無意識に丸い頭に手を伸ばした。
細い銀糸に指を潜り込ませれば、僅かな熱が伝わって自然と零れる安堵の吐息。



「…逆やね」


子供扱いしてるつもりはないのだろうが、市丸はよく日番谷の頭に手を伸ばす。
撫でたり梳いたり絡めたり、と触りたがる市丸だから、こんな風に触れられることが嬉しいらしい。

あぁ、と肯定して癖のない髪を軽く握ると、こつん、と頭をぶつけてやった。



「ひ、つがやさん?」


思いがけない行動に、市丸が頭を抑えられたまま伺ってくる。
久しぶりのぬくもりと滅多に聞けない上ずった声に、何故だろう、珍しく素直に言葉を返した。



「…遅ぇよ」

「…うん。ごめんな」


精一杯の一言に、市丸は嬉しそうに腕を強めた。








自分達は一隊を率いる隊長で、些細な事に揺らいでいられる立場じゃない。
だけど、ひとりでいるのは寂しくて、ふたりならば温かい。

そんな気持ちを知っているのは、悪い事ではないはずだ。


首に絡んだ腕に手を当てて、日番谷はふと思いつく。
市丸が何かにつけて触れてくるのは、存在を確かめたいからかもしれない。

こんな風にしていると、温かくて安心するから。



「…眠ぃ、な」

「もう遅いもんねぇ」


唐突な言葉に、市丸はくすくす笑う。
大方お子様は寝る時間、だとでも言いたいのだろう。

ぎゅう、と足を踏みつけたいのを我慢して、日番谷は言葉を続けさせた。



「寒いから…泊まってけ」

――もう少しこのぬくもりを――



その意図を察し、市丸はゆっくりと破顔する。
浮かべた表情に気付かれないよう、脇の下に手を差し込むと小さな身体を抱き上げた。


「うわぁっ」

「ほな朝までご一緒させていただきましょ」


ばたばた暴れる身体を抑えこんで、背後から滑らかな肌に頬擦りをする。
器用に向かい合わせに抱えなおすと、なだらかな肩に薄い唇を寄せて。


「お誘い嬉しいわァ」

とぺろりと嘗めた。




「…!そんなんじゃねぇー!!」

慌てて上げた抗議の声は、ひゅん、と身体で切る風にあっさりと流されたのだった。






オワリ


→アトガキ


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