●花薊物語●
□花薊物語 番外編
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黙ってそこに立っていると、不意に、パンパさんがこっちを振り返った。
帰ろうとしたんだろう。
しまった、と思ったときにはもう遅く、僕はパンパさんとバッチリ目を合わせてしまっていた。
「あれ?先生、こんなところでどうかしましたか?」
この前とまるっきり同じ態度。
でも違う。
何か、隠していた大事なものを見られた時のような顔を、パンパさんはしていた。
「あの、いや、その・・・!!」
格好悪いぐらいにしどろもどろになっている僕を見て、パンパさんは眼鏡の奥に微笑みを見せた。
「この時計台は、父が私の為に、といって作ってくれたんですよ。」
パンパさんは、時計台を振り返って、言った。
「まだどこか真新しいでしょう?大工だった私の父が、幼い私の為に作ってくれた、父の最初で最後のプレゼントです。」
独り言のように、でも僕に語りかけてくるような声でパンパさんは話す。
「最後って・・・」
僕は呟いた後、意味を理解してしまった。
言ってしまったものは無くならない。
「御察しの通りです。父はもう亡くなりました。この時計台を完成させた日、最後の点検で時計台に登り・・・ほら、あそこに小さな窓があるでしょう?あそこから落ちて亡くなったんです。」
私へのプレゼントを作ってくれたことで、父が死んでしまうなんて、神様も意地悪ですね。
自嘲気味に呟く。
涙はない。
「・・・お悔み申し上げます・・・」
なんとまあ、場違いな言葉だっただろう。
僕のちっぽけな頭では、この言葉が限界だった。
「すいません。暗い話になってしまって。じゃあ私は次のコマがあるので・・・」
そういって、パンパさんは塾の方向へ歩いていった。
僕は、時計台に近づいていって、それを見上げる。
パンパさんの心の傷か・・・。
パディ先生のあの意味深な表情の意味が少しだけ理解できた気がした。