ygo!

□お眠りなさい安らかに!
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遊星が食べる間、十代は何も言わずに、ずっとそこに座っていた。
おこがましいお願いだった、と遊星は思う。
けれど、嫌な顔一つせず、十代は遊星を見ていた。
会話は無かったが、それが苦痛であるとは感じ得なかった。
最初は食欲も余り無かったが、食べ始めるとむくむくと
食欲が沸いてきて、あっという間に平らげてしまう。
そして最後の一口を食べ終えると、スプーンをそっとおぼんの上に置いて、
ご馳走様、と言いながら手を合わせた。

「…いい、食いっぷりだったな〜。それなら、すぐに良くなるだろ!」

にか、と笑う十代に、遊星は少しだけ心が軽くなる思いだった。

「すみ、ません。迷惑を…」

と、遊星が言いかけると、十代が「ストップ!」と言いながら
手を突き出してきた。遊星が驚いて硬直していると、
十代はハァ、と溜息を付いて遊星を見る。
何かしてしまったのだろうか、と思い至って、
遊星は哀しそうに眉根を寄せる。
だが、十代の口から出たのは、そんな事ではなかった。

「あのなぁ、その『すみません』禁止!」
「…え、」

いきなりそんなことを言われて、ぱちくりと目を瞬かせる遊星。

「オレ、別に謝って欲しいわけじゃないんだ。
これはさ、オレが勝手に好きでやってることで。
本当は遊戯さんが持っていくってのを、勝手にオレが横取っただけだし…
とにかく!遊星が負い目に感じる必要は
全くこれっぽっちも無いって事!」

十代が遊星に向かって指を突き出し、そう告げる。
まさか、そこまで十代が自分のことに気を使っているとは
思ってもおらず、遊星は驚いた顔をしながらも反論する。

「…でも、怪我したのは俺の所為で…」
「だからストップ!
遊星は悪くないって言ってるだろ?
どちらかと言えば…オレの、所為だし…」
「…けど!」

遊星が食い下がるのを見て、「じゃあ!」と
十代が更に言葉を被せて、遊星に言い放つ。

「どうしても遊星の気が済まないって言うんなら、
「すみません」、じゃなくって!「ありがとう」って言ってくれよ!
なんか、「すみません」って言われると、
オレが悪いことしてる気分になるし…」

ぽりぽりと頭を掻く十代を見て、遊星は口ごもる。

「とにかくさ!人の気持ちは有り難く受け取ってもらった方が、
オレも、オレの気持ちも嬉しいな、ってことなんだよ!
だから…さ?」

ダメかな、と言う十代に、遊星はふっと笑う。
そして、そっと言った。

「分かりました。
…十代さん、…あり、がとう…」
ありがとう、なんて久しく使うことの無かった言葉だった。
声は震えてなかっただろうか、と少し不安になった。
だが、その言葉を聞いて、十代は飛び跳ねるように喜んで、
感極まってきゅうと遊星に抱きつく。当然遊星は驚いて、
ベッドに置きっぱなしだったトレイと皿が音を立てて床に落ちた。

「えへへ。どういたしまして!」

にこ、と笑う十代に、遊星も微笑ましい気持ちになった。

「…じゃ、オレはこれで行くな。ちゃんと、寝ろよ?
あ…そうだ、大丈夫か?」

先程のことを言っているのだろう。十代は気付いてそう言った。


―この夜の中で、一人になる。
一人は嫌だ。眠るのが怖い。
だがそんな甘ったれたことを言えるはずも無い。



正直、まだいて欲しい。
だが、十代を束縛するわけにも行かないのだ。
そう思い頭を横に振りかける遊星を制して、
十代は再度椅子に座りなおす。

「よしわかった。此処に居る」

でも、ゆうせーが寝るまでだぞ!という十代に、
遊星は渋々と布団の中に潜り込む。
話題も無くなり、シンとした部屋の中で、
無為に時間が過ぎていく。
遊星はと言うと、懸命に目を閉じようとするのだが、
寝ようと思えば思うほど、更に泥沼に嵌っていくようで。


「…やっぱ、眠れないか」

唐突に投げかけられた問いに、遊星は十代を見る。

「…だよなぁ。こんな明るくちゃ
眠気も吹っ飛ぶよな」

苦笑しながら十代は立ち上がると、不意に部屋の電気を消した。
途端に、先程の光は掻き消えて、
部屋の中は夜の闇に支配される。
ぞくり、とした悪寒の様なものが背を駆け上がる。


―やはり、闇は駄目だ…


ぎゅ、と眼を瞑り、遊星は意を決し、
十代に明かりをつけて欲しいと頼まんと思い、眼を開いた。
だが、眼に飛び込んできたのは、十代の優しそうな顔で。
窓から柔らかく零れてくる月の影に照らされて、
やんわりと微笑むその表情が、いつもの彼とは違うようだった。
開こうとした口はそのまま閉じられて、
遊星は魅入られるように十代を見た。


―彼の纏う雰囲気は、まるであの時感じたような、
優しい夜と同じだった。



そう感じて、遊星は気がつく。
夜が変わってしまったわけではない。
闇が変わってしまったわけではない。
ただ、自分がそれらを拒絶していただけなのだと。


あの安らかな感覚が、再度遊星を包む。
懐かしい、感覚だった。


「ん、眠くなってきたか?」

十代が問うと、遊星は緩慢に頭を縦に振る。
遊星の頭をそっと撫でながら、十代は言う。

「…お休み」

その労るような声に包まれながら、遊星は眠りへ落ちた。





 
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