【書庫】
□薬
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自室に篭り、筆を片手に文机に向かいながら、筆が止まる度に土方は溜め息をついていた。
土方の仕事は新撰組の中でもべらぼうに多い。
新撰組の権威は局長である近藤さんにあるが、幕府のお偉方との交渉などの大きなこと以外、実権は土方にあるようなものだった。
其れ故、誰よりも仕事が多くなる。
それでも書き仕事はいずれ終わるのだが、
京の情報をすべて集め、そこから敵の動きを考察し、新撰組の最善の動きを導きだしたり、
何時何が起きても対処できるように気を引き締めていなければならないのは、
いつまでたっても終わることはない。
「……はァ…」
土方は眉間に皺を寄せたまま溜め息をついた。
と、その時、こちらへ向かってくる静かな足音が廊下から聞こえてきた。
足音は土方の部屋の前で止まる。
「副長、お茶をお持ちしました。」
襖の奥から聞こえてきたのは斎藤の声だ。
「入れ。」
ついつい半分溜め息混じりの声になってしまう。
しかし襖を開けた斎藤は嫌な顔も見せず、すっと部屋に入ってきた。
斎藤が持ってきた黒い漆塗りの盆には、湯気をたてる湯呑みと、その隣には懐紙にのせた茶菓子が載って
土方はそれらをちらっと見て、また小さく溜め息をつく。
「悪いな。」
そう言うと湯呑みに手を伸ばした。
湯気がたってはいるものの、廊下を渡って此処へ来るまでの間に多少冷めたのだろう。
湯呑みは手で持つと温いくらいだった。
土方はその温もりにそっと唇をつけた。
一口飲むだけで、身体の芯からほんのり温まるようだった。
(…そういや朝飯以来何も食ってねぇな…。)
そのことに今初めて気づき、盆の上の茶菓子を口に放り込む。
そんな土方の奥にある文机に斎藤はちらっと目を向けた。
文机には両端に紙の束が置いてある。片端には薄い一束が、反対の端には山積みの束が載っていた。
「…どちらが終わられた方ですか。」
口の中のものを咀嚼しながら「ん?」と言って斎藤がさっき見やった方を土方もちらっと見る。
「あぁ、」と呟いて、飲み込むと土方は即答する。
「右だ。」
右、というのは山積みの方だった。
これだけの量を片付けるのには、相当の手間と時間と根気がいったはずだ。
この途方もない量を片付けるのに彼は昨日も寝ずに筆を動かしていたんだろう、そう斎藤は理解した。