【書庫】

□意地悪が恋しくて
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縁側には柔らかい木洩れ日が差していて、
並んで座った私と彼は、暖かい空気に溶けてしまいそうで、

なんて優しい時なんだろう。



自然と微笑んでいた口唇から、ふと微かなため息がもれてしまう。
彼はすかさず私の顔を覗き込む。

「…どうしたの?ため息なんかついて。」

光を受けて、彼の髪が柔らかくひかる。

…優しい色。

私はまた微笑みがこぼれてしまう。
彼はそっと微笑むと、黙って私を抱き寄せた。
昔より痩せて細くなってしまった腕だけど、私には何よりも頼れる温度を感じられる。

静かで暖かい幸せな瞬間。



もう暫く、彼からは心からの愛情だけを貰っている。
優しさと愛だけ。
…なんて幸せなんだろう。


でも、


この頃ふとした瞬間に、彼が優しい光に溶けていなくなってしまいそうな怖さを感じる。

恐怖を与える殺戮の言葉も、
ちょっとした意地悪さえも、
遠い昔の話みたい。


……いなくなってしまわないですよね?


時々、幸せ過ぎて怖くなる。


『…斬る』『殺すよ?』

彼の脅し文句が恋しい。
彼が怒ってそんな言葉を口にしないかと、ちょっと粗相を犯してみても、ただ優しく笑うだけ。

何故なんだろう。

優しすぎて、あなたの儚さを感じてしまうんです。
まるでいなくなってしまう前の、最期の、命の優しさみたいで……



脅されても、意地悪されても、幸せなんです。

あなたがいてくれれば……




「大丈夫だよ。」

後ろから優しい声がそっと囁く。
「僕はずっと君と一緒だ。
…例え身体が朽ちても、僕の心はずっと君と共に生きる。」

優しくて、優しくて、
……涙がこぼれてしまう。


だから泣かないで、
という風に、彼の指がそっと頬に触れた。

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