「アンタに聞きたいことがあるわ」
「なんだ」

船首に乗っかっていたルフィが振り返る。
瞬間、風が止んだ。

ああもう何でこんな時に限って。
ナミは心の中で舌打ちをした。
航海士としてあいつらに指示を出さなきゃいけないのはわかっているが、それよりも優先したいことがある。

「ねぇ、ルフィ」
「ナミ。風が止んだみてぇだけどいいのか?」

ルフィは右舷側へ顔を向けた。

「ええ」

ホントはよくないけど風はじきに吹くだろう。

「で、なんだ。聞きてェことって」

ひょいと船首から降りたルフィが間近に立つ。
真っ黒な目に映った私はやたらと険しい顔をしてた。
ダメだ。こんなんじゃ。
感情論になってしまう。

手摺りに背中を預けてルフィに並んで立つ。

ウソップとフランキーとチョッパーが輪になって大騒ぎをしてる。
離れろー!の声と同時に輪の中心にあった樽が爆発した。
何やってんのよアイツらは。
後でしっかりお灸を据えてやんなきゃ。

「明日、私達の誰かが死ぬかも知れない」

ルフィから返事はなかった。

「あんたには自分が死ぬ覚悟があっても仲間が死ぬ覚悟はまだないみたいに見えるわ」

風が戻って来た。

「・・・それはお前のことを言ってんのか?」

私とは逆に海を向いて立つルフィの声は少し遠い。

「そうね。私は、明日死ぬかもしれない。その時は、」

続きが言えなかった。
私は自分が死ぬかもしれないことをちゃんと想像していなかったんだ。
航海士がいなければ船の旅は出来ない。
だからもし私が死んだらこの船には当然新しい航海士が加わるのだろう。
当然だ。
なのに私以外の人間がこの船の航海士になるなんて想像するだけで悔しい、悲しい。
たった一言なのに。
『さっさと新しい航海士みつけなさいよ』

「なんだそれ」
「だってあんた達は航海術なんて持ってないでしょ」

どうにか搾り出した台詞は憎まれ口のようでつくづく私は捻くれてる。

「おれはナミ以外の航海士はいらねぇ」
「あんた私の話聞いてた?」
「聞いてたから言ってんだ。おれはお前が航海士じゃなきゃいやだ」
「だから!」
「ナミ」

なんの躊躇いもなくルフィは私の腕を掴む。
ルフィの掌は熱かった。

「死んだって戻って来いよ。これは船長命令だ」

無茶苦茶だ。
呆れて言葉を失くしたナミを余所にルフィは続ける。

「ブルックみてぇには無理だろうけどさ、おれは幽霊だろうが魂だけだろうが構わねェからさ」

今までで1番意味わかんないわよあんた。だって。

「あんたが構わなくてもあたしは構うわ。私は死んでまであんたにしばられなきゃいけないわけ?」
「そりゃそうだろ。お前はおれの船の航海士なんだからな」

ルフィはにかっと笑った。
この笑顔に何度丸め込まれてきただろう。

「・・・もういいわ」
「ナミはものわかりがいいなー」

うんうんと頷く彼に彼女はうんざりした。

「あきれてんのよ・・・」
「だってよーおれとナミの夢は一緒だろ?」
「は?」
「お前、世界中の海の地図を書きてェんだろ」
「そう、だけど・・・」
「ならちょうどいいじゃねーか。おれは絶対海賊王になるからよ、世界の果てに着いたらお前はそこの海図を書けばいいじゃねェか」

な?そう言ってルフィは笑った。

あんたと同じ夢を見た覚えなんかないわよ。
でも世界中の地図を描こうと思うなら世界の果てにだって私はいかなくちゃいけないんだ。

掴まれっぱなしだった腕からルフィの手を振り払って向き合って立つ。
ヒールの分私の方が少しだけ背が高かった。
ルフィの目は真っ直ぐに私を見る。

「あんたの大風呂敷を私は信じるわ。航海士として私はどんな海にだってあんた達を導いてあげる。だから、あんたは絶対海賊王になってよね」

一呼吸置いたら言葉は綺麗に重なった。

「約束よ」
「約束だ」













20100415

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