MtΧM

□coalmine #1021 2nd.season
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青い青い空の下。
誰にも平等なのは、地球というファイナルステージだけ。
生まれ落ちた場所や環境に意味があるとするならば、それは…。
どこからどこまでが、クリアブルーな地球儀の許容範囲内なのだろう。

「なぁジジイ…生い立ちは仲間に劣るかな?」

マットは今日も炭鉱内にいた。
メロにはあれから会っていない。
どうやら綺麗に避けられているようだ。

「なにカッコつけてんだよクソガキが。お前の得意な哲学ってヤツか?」
「いや違くて…」
「そんなモンここじゃ関係ねぇのはお前がよく知ってんだろ」
「俺には関係なくてもアイツにはさ…」
「メロ、か?」

さすが鋭い、とマットは思う。
伊達や酔狂で何十人もの炭坑夫を統率していない。
百戦錬磨な親方の事だから、マットやメロのごちゃごちゃした粗削りな感情から全て筒抜けなのだろう。

親方は作業の手を休め、珍しくため息をつきマットに向き合った。

「なぁマット…アイツに中途半端に関わるならやめとけ。かえって深く傷付けるだけだ」
「そんなつもりねぇよ」
「お前にはなくてもメロにとっちゃ…ってな。さっきお前が言ってたセリフそのままだな」
「…っ」

マットは口唇を噛んだ。
確かに言うとおりだと思う。
だがここで引くのもなにか違う、とも思う。
この渦巻く金色の感情は。
どっちだと聞かれれば…答えは既に出ているのだけど。
あの鋭い瞳に射ぬかれてから、ずっと。
ため息と同時に吐いた声が思いの外かすれていて、マットの片方上がった口角に微量の苦味が含まれた。

「もう手遅れなんだよジジイ…」
「ガハハハ!言うと思ったさ、お前の考えてる事なんざお見通しなんだよ」
「マジかよなんだそれ」
「何年一緒にいると思ってんだバカ息子」
「…うるせぇクソジジイ」

ポツリ、呟く。
マットはうつむきながら久しぶりにゴーグルをかけた。
今日は見なくてイイものまで見えそうな気がした。
例えばそう…クリアな地球儀の中身までも。

「まあな、アイツをドン底に叩き落としたのは富裕層だからな…無理もねぇよ」
親方の言葉にマットが顔を上げる。
「は?…それって」
「そうだな…お前ならひょっとしてアイツを闇から救い上げてやれるかもしれんな」

お前は底なしのバカだから、と親方は続けた。
一言余計だろというツッコミを心の奥に隠し、マットは親方と向き合う。
なんだかんだ軽口を叩かれても、そこに充分過ぎる程の信頼があった。
ここの連中が自分をドラ息子と呼ぶ時は、ドラに隠した泥臭い本音「俺の」がひしひしと伝わってくるからマットは気付いていない振りをしていた。

そんな関係性を、メロにも求めるのは果たして思い上がりだろうか。
―――世界中皆敵みたいな顔をしているアイツにも。


「知ったところで何が変わる訳でもねぇがな」と前置きした上で親方は語り始めた。

「…お前、ヒューマンセールが存在するのは知ってるな?」
「ああ…」

イヤな予感はだいたい的中するものだ。
アングラな場所での人身売買。
一部の上流階級の変態野郎が集うイカれたアウトレット。
そういった闇取り引きが横行しているとはマットも情報では知っていたが、実際に目にした事はなかった。
仮に招待状が舞い込んで来たところで、後学の為、等と行く気なぞサラサラ起きないのだが。

だがしかし、親方の話はマットの想像を遥か越えていた。

そこにメロが売られたのが8歳…飼ったヤツを半身不随にしたのが9歳…再び飼われて別のヤツを植物状態にしたのが10にも満たない時。
流れ流されて鉄工所で奴隷同然の扱いを受け、問題を起こし、たらい回しにされ最後に親方の所にたどり着いた…と。

起こした問題の引き金は暴行…。
暴行と言っても…という親方の言葉をマットは遮った。
聞かなくても容易に想像がつく。
やっと逃れた先でまたしても付き纏う闇。

マットの脳裏にメロと初めて会った時の映像が浮かぶ。

オンナノコ扱いを酷く嫌がったアイツ。
やたらと腕っぷしを見せつけたがったアイツ。
触られるのを異常に警戒していたアイツ。

―――なんて…ザマだ。
知らなかったとはいえ。
全てが繋がる。
マットはたまらずタバコに手を伸ばし、炭鉱内だと気付き思い留まった。
宙を漂う空の拳を握りしめる。

親方のしゃがれ声がアコースティックのように切なく、今日はやけにマットの胸を刺す。

「メロは俺に、奴隷扱いされる方がマシだ、と言ってきてな」
「そっ…か」
「火傷の跡も自分でつけたらしい…商品価値を下げたかったんだろうな」

壮絶な過去の裏側で、マットは自分の歩んできた道を振り返る。
勉強、哲学、様々なレッスンに帝王学…どれも生ぬるく無意味な気がした。

「ジジイ、イヤな役割押し付けたな」
「バカが。お前、俺を誰だと思ってんだ。クソガキに心配される程落ちぶれちゃいねぇよ。それより、本気なのか?…ってのは愚問だろうな」
「ああ」
「覚悟は?」
「ある」
「お前に出来るか?」
「出来る、出来ない、じゃねくてやるんだろ?」
「ガハハハ!そりゃそうだな」

メロを想うと胸が痛い。
それはマットにとって至極自然な感情だったのかもしれない。
まるで予め自己プログラミングされている過去や未来のデータのように。
幾億もの細胞に組み込まれている黒色火薬が起爆するように。
今なら黒も金色に変わる気がした。


マットの耳に遠くの方で足音が聞こえてきた。
ひどく焦っている。
はぁはぁという息遣いが聞こえる頃には悲痛な表情で駆け込んで来た声の主の姿を捉えることが出来た。

「親方っ!!」

見ると抗夫が一人、息を切らせている。
ただならぬ雰囲気を感じとった親方とマットに緊張感が走った。

「どうした?」
「メロが…」
「案内しろ!俺が行く!」

そこにメロの名を聞きマットは咄嗟に抗夫の腕を掴むと、なにもかも置き去りに今来た道を走り出した。
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