過去拍手

□第八回
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風早誕生日




「お誕生日おめでとうございます、風早先生!」

「ありがとうございます」


差し出された箱を受け取りにっこりと笑みを返す。
これも本日五回目になる光景だ。
そしてそのプレゼントの中身は決まって細長い棒状のお菓子――ポッキー―――である。


「人気者だね、風早先生」

「あはは、そうだね。確かに風早…先生は皆から人気があるよね」

「葦原君、葦原さん」


ふと名を呼ばれ振り返るとそこには見慣れた顔が二つ。
同居人であり(表向きは)従兄弟である那岐と千尋が立っていた。
ただし学校内では教師と生徒の関係であるため呼び捨ては禁止である。


「どうしたんですか、二人揃って」

「千尋がついて来いってうるさいからだよ」

「もう、だって今日は一年に一度の大切な日でしょう?」


相変わらず減らず口を叩く那岐に千尋が反抗する。
あまりにも見慣れた光景に風早は思わず苦笑した。


「あの、それでね、風早先生は今日早く帰ってこれますか?」

「ええ、今日は残業も頼まれてませんから、早く帰れると思いますよ」


そう答えると千尋がぱっと笑顔を浮かべる。


「良かった。じゃあ準備をして待ってるね」

「ありがとうございます。楽しみにしていますね」

「……はぁ。またこき使われるな」

「もう、那岐!それじゃあ風早先生、さようなら」

「さようなら」


千尋が那岐の手を取り歩きだす。
口ではああ言っているが本当は那岐の面倒見のいいところも知っている。

二人の成長を近くで見られるのは風早にとってとても喜ばしい事だ。


「…さて、それじゃあ俺も頑張ろうかな」


職員室へと戻り残りの仕事へと手をつけた。




――――――――――




「ふぅ…」


与えられた仕事は特に滞りもなく終わった。
少し息をつき帰り支度を始める。


「あ、風早先生お帰りですか?」

「ええ、お先に失礼しますね」

「はい、お疲れ様でした」

「お疲れ様です」


学校を後にして帰路につくと随分冷たくなった風が肌に染みる。
色を変えた葉がカサリと足元で音を奏でた。

すっかり夏の風景からは変わった秋の夕暮れは少し物寂しい。


「ただいま」

「お帰りなさい!」


リビングに入ると同時にパンと音がしてキラキラと綺麗な紙の破片が飛び散る。

そして笑顔の千尋と、少し不服そうな那岐の姿が目に入った。


「お誕生日おめでとう、風早!」

「……おめでと」


予想をしていなかったと言えば嘘になる。
三人で生活を共にするようになって五年、毎年この日にはこうして自分の誕生を祝ってくれた。

しかし何故か今日はこの気遣いを妙に温かく感じる。


「えっと、一応料理を頑張ってみたの。
ケーキは那岐に買ってきて貰って…」

「やっぱりこき使われたよ」

「たまにはいいでしょう?」

「千尋の場合はたまにじゃないだろ」

「もう…」


日常的になされる会話が、こんなにも愛おしいものだなんて知らなかった。
この二人に出会うまでは…


「…二人とも、本当にありがとうございます」


そう言って二人を抱き寄せた。


「か、風早っ!?」「おい、何するんだっ」


高校生になった二人をこうして抱きしめるなんておかしいだろうか。


(今日は…構わないか…)


長く、何度も繰り返される歴史の中で風早はこの穏やかな時間の儚さを身を持って知っている。

夢のような日々は続かないのだ。


(だから、今は、このまま……)






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