過去拍手
□第七回
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<肝試し>
「わ、本当に那岐君がいる!」
「千尋 頑張ったねー」
「うん、説得するのすごく大変だったよ」
今 話をしているのは千尋とその友人。
話題に上っているのは千尋の恋人その人だ。
勿論その事がばれたら大変な騒ぎになるのは目に見えているので二人だけの秘密なのだが。
「でも那岐君が肝試しかぁ…
全然 怖がらなさそうだよね」
「うーん、確かに。
ホラー映画を家で見ててもすごくつまらなさそうにしてるよ」
千尋達のクラスは男女仲も良くやたらとイベントが多い。
そのため今年の夏はクラスでの集まりが多かった。
今日は夏休み最後の催し物として肝試しが計画された。
新学期直前という事もあって宿題なども考慮し自由参加とはなっていたのだが友達に那岐も連れて来て欲しいとせがまれたのだ。
「でも肝試しってどんな風にするのかな?」
詳細は当日発表となっていて千尋も詳しい事は知らない。
「ああ、くじ引きで男女ペアを作って二人で回るんだって」
「だ、んじょ…?」
友達は笑っているが千尋は正直困惑した。
学生の肝試しにおいて男女ペアなんて定番中の定番だがそれは困る。
千尋が那岐以外の男子とペアになるのも何となく気まずいがそれ以上に那岐が他の子とペアなんて嫌過ぎる。
(うわぁ……)
少しだけ今日ここに来た事を後悔した。
「あ、ほらくじ引き始まるよ!」
「う、うん…」
友達に手を引かれしぶしぶとその場所に行く。
既に何人かはペアが決まったらしくあちこちから特有の歓声が聞こえる。
「ほら、千尋」
「う、うん……」
諦め半分でくじを引く。
四つ折の紙に書かれていたのは『8』という数字。
「8番…?」
「あっ、千尋 那岐君とペアだよ!いいなー」
「…え…?」
その声を聞いて男子達が集まってきた。
「ちぇー、結局 葦原さんは那岐とかよー」
「あんたと千尋なんて釣り合いとれないわよ」
「なんだと!?」
そんな会話を聞き流しつつ那岐の方を見た。
ふと視線がぶつかり那岐の口が音を発さずに動く。
『ばーか』
一瞬ムッとなったがすぐに和らいだ。
那岐が笑ったからだ。
――――――――
「次は8番の人だよ!」
「あ、私達だね」
「ああ。…行こうか」
コースは森を通って神社の鳥居まで行き前の人が置いた石を持ってくる、その次の人はその石をまた置いてくるというシンプルなものだった。
脅かす役は待ち時間が長いのでいない。
「うう、でもやっぱり怖い…」
「千尋はホラーとか苦手だからね」
「那岐は怖くないの?」
「そんないるかどうかも分からないモノに怯えるなんて馬鹿みたいだろ」
「いるかどうか分からないから怖いんだよ」
その時 草影からガサリと音がした。
「きゃっ!?」
思わず声をあげるとコオロギが跳ねた。
「驚きすぎだよ」
「だって……」
こういう時は小さな物音にも大袈裟に反応をしてしまうものなのだ。
千尋は涼しい顔をしている那岐を恨めしそうに睨む。
―――と、その時。
ガサッ
「きゃあっ!?」
またしても何らかの生き物が移動する音に千尋が悲鳴をあげる。
物音の一つ一つに悲鳴をあげたり体を強張らせる千尋の目にはうっすらと涙すら浮かんでいる。
那岐はその様子を見て小さなため息をつくとおもむろに千尋の手をとって歩き出した。
「那岐……?」
「いちいち悲鳴なんてあげられたら鼓膜が破れそうだ」
「ちょっ…」
「だから、こうしてたら少しはマシだろ?」
那岐は千尋の返事を待たずにまた歩き出した。
自分より少し大きな那岐の手に包まれて、恐さはもうほとんど無くなった。
しかし今度はその行為に一種の恥じらいが生まれはじめる。
二人が恋人であるという事は誰にも内緒で、勿論手を繋いで歩く事なんて今まで無かったからだ。
ゴールが近付きクラスメイトの声が聞こえ始めると手は自然に離された。
少し名残惜しくはあったが、こればかりは仕方ない。
「あれ、千尋。顔が赤いよ?」
ただ火照った顔と掌に残る熱だけはしばらく消えてくれそうになかった。
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