過去拍手

□第七回
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<図書館>




「ね、お願い那岐。一緒に行こう?」

「嫌だよ面倒くさい」


毎年 葦原家では夏になると見られる恒例の光景である。


「那岐、一緒に行ってあげて下さい」

「はぁ?何で僕が…」

「一緒に行ってくれたらご飯の当番一週間変わるからー」

「あぁもううるさいな!
分かった分かった」

「やったぁ!」


そしてこの結末も毎年変わらない。


千尋が夏休みの宿題をするために那岐に一緒に図書館へ行ってほしいというのである。

毎年 那岐は目一杯の抵抗をして見せるのだが結局はいつも負けてしまうのだ。


「大体 千尋が一人で行けばいい話だろ?」

「だって那岐に教えてほしいんだもん」


図書館へ向かう道の途中だというのに那岐はまだ文句を言っている。


「でも少し意外だよね。
那岐って宿題終わらせるの早いし…」

「面倒な事は先にやっておく方がいいんだよ」


普段 面倒くさがり屋の割にやるべき事はさっさとやってしまう辺りが彼らしい。

そして那岐は実はかなり良い成績であるため宿題を教えて貰うのには都合がいいのだ。


「私も遅い方ではないと思うんだけどなぁ」

「まぁそうだろうね。ほら着いたよ」


あれこれ話している内に目的の場所へとたどり着いていた。


「わ、涼しい」

「僕は本でも読んでるからさっさと終わらせなよ」

「うん、ありがとう」


机に向かい合って座り、那岐は静かに本を読み始めた。

長い睫毛が白い肌に影を落としている。
細く綺麗な指がパラパラとページをめくる様に何度か目を奪われつつも千尋は必死に宿題を進めた。


「あ、ねぇ那岐、ここ教えて欲しいかも」

「あぁ、これはあの公式を使うと例題と一緒だよ」

「あ、本当だ」

「急がなくてもいいから。ゆっくりやりなよ」


何だかんだといっても面倒見が良く優しい那岐の一面を千尋は知っている。

だからこそこんなにも彼に惹かれているのだ。




――――――




「はぁーやっと終わった」


ぐっと伸びをすると那岐と目が合った。


「お疲れ様」


そう言って那岐が優しく微笑み頭をぽんと叩くものだから千尋の顔にさっと朱色を増す。
千尋はこの顔に弱い。


「あ、私ついでに本も借りようかな」

「じゃあ待ってるから早く借りてきなよ」


那岐をその場に残し自分の本を借りに行ったのだが…


「うーん…」


目的の本は背伸びをしても手を伸ばしてもあと少し届きそうにない。
辺りに人はいないし踏み台らしきものも見当たらない。


「千尋」


困っていると不意に那岐の声がした。


「遅いんだけど。何してるの?」

「ごめんね、借りたい本が届かなくて」


苦笑いで返すと背後から那岐の手が伸びた。


「あ、ありが…」


千尋がお礼を言おうと那岐を仰いだのと那岐の影が被さったのは同時だった。

一瞬何が起こっているのか理解できなかった千尋も自分が発しているはずの言葉が途中で途切れた事と先程まで自分が見とれていた那岐の長い睫毛が目の前にある事でようやく今の状況が把握できた。


「はい」

「なっ、!?」


抗議の言葉を発しようとした途端 唇に那岐の人差し指が添えられた。


「今日一日付き合ったんだからこのくらいの報酬は貰ったっていいだろ?
それに、大声出すとまた塞ぐよ」


悪戯っ子の様に笑う那岐を見てはもう千尋に勝ち目はない。


「………ばか」


小さく呟いた言葉は結局 優しい口づけに隠された。






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