とある馴れ初めの物語
□その感情の名前
1ページ/6ページ
「さよならは?」
「言わずに行ったよ。」
エンジンの故障を装い、レノックスはギャロウェイ氏を上空から“避難”させた。
ついでに、自分含め軍人達を散々見下してくれたり、オプティマスをガラクタ呼ばわりしてくれたお礼にとビンタを一つプレゼントしておいたが、問題ないはずだ。
当初彼に従っていた者達も、“大統領命令”という言葉に逆らえなかっただけらしい。
これから、誰にも文句を言わせることなく目的地へ向かう。
気が抜けないのは、これからだ。
《その感情の名前》
煌々と照らす太陽の下、遺跡に辿り着くと、そのあまりに巨大な入り口に感嘆の溜め息が出た。
想像を越えるほどに巨大な“扉”だ。
『なぁユラ!こっち来いよ!』
『あ、おい!』
スキッズはそう言うと、ジャズのそばにいたユラを引き寄せる。
「え?あ、あのっ…」
『登れねーだろ?手ぇ貸すぜ!』
『あー!オレも〜!』
「あ、ありがとう、ございます…」
スキッズとマッドフラップが、その入り口の高さまで登るために手を貸してくれた。
そのあと、マッドフラップはスキッズを踏み台にして、スキッズはマッドフラップに引き上げてもらいながら登ってきたようだ。
出会ったときから息がぴったり合っていて、とても仲の良い兄弟だなと思う。
『『なんだよ?』』
「いえ、なんでも…仲良しなんですね。」
『兄弟だもん。な?』
『なー?』
「ふふっ…」
いつの間にか、苦手だったはずの彼らとも、なんとか普通に接するようになっていた。
ここ数日でとんだ荒療治となったわけだが…
遺跡によじ登ったはいいが、その中は特に何かがありそうな様子もない。
「さーて、調べるか?つっても、とっくに考古学者達が調べたあとだろうけどさ。」
レオがそう口にしたが、そうは思いたくない。
ここまで来て何もないなんて信じたくはない。
しかし、どう見てもそれらしいものは見当たらず、他に入り口らしいものもない…
「人生に失望はつきものだ。」
シモンズがそう、諦めるように言った。
「諦めろ。遥々虹の向こう側に来たとしても、宝物があるとは限らない。」
「うるせぇなマザコン野郎…」
何もない。
突き付けられた現実を前に、それぞれ溜まっていたものが爆発したようにシモンズとレオが言い争いを始めてしまった。
「二人とも落ち着いてください…」
「あんたこそ、よく落ち着いてられるよな?」
落ち着かせようと割って入ったものの、困ったことに、イライラの矛先はユラに向けられてしまった。
「だ、だって…喧嘩しても、なにも…」
「なにも?なんだよ?えらそうに。ていうかあんた、ディセプティコンのボスと一緒にいたんだろ?こいつらから聞いてるぞ?奴らと裏で手ェ組んで、なんか仕組んでんじゃねえのか?俺達がたどり着けねぇようにさ!」
「そんなことしてませんっ…!」
『レオとかいうお前、そのカッとなった頭今すぐ吹き飛ばしてやろうか?一瞬で涼しくなるぜ?』
「ジャズさん…だめです!武器を下ろしてください…!」
「やってみろよ!できんのか!?」
「レオも落ち着いて!」
仲裁しようにも、ユラ自身も、そしてジャズもかなり追い詰められていたために、言い掛かりの連鎖が起きてしまうだけだった。
「まだ終わってない。」
『サム、オレもうテメーについてくのやーめた。テメーが俺達に何してくれたってんだよ。』
『おいマッドフラップ!サムはメガトロンを殺しただろ!』
『それだって失敗だろ?だって蘇っちまったもんな〜?』
『なんだと!?黙れこの野郎!』
『なんだよテメェ!やんのか!?このっ…!』
「おい!やめろよ!やめろって!」
スキッズとマッドフラップまでもが喧嘩を始めると、やんちゃな彼らの喧嘩はあっという間に取っ組み合いにまで発展し、人間のサムでは止めることすらできなくなってしまった。
見かねたジャズとバンブルビーが止めに入るが…
『やめろ!お前達!』
『んだよ!?げっ、バンブルビー!』
『のわぁっ!?』
ついさっきユラに咎められ、今度は苛立ちながらも平和的に止めようとしたジャズを尻目に、バンブルビーは双子を両手で掴み上げて外に放り投げてしまった。
彼も色々と溜まっていたものが爆発したらしい。
放り投げられた双子はすっかり元気をなくし、うつ伏せでしょんぼりしている。
「これ見て…!」
喧嘩の際、どちらかがぶつかった壁に穴が空いたのをサムが見つけた。
微かに空気の流れを感じる…
シモンズとサムが脆くなった壁を剥ぎ取ると、そこに現れたのは巨大な金属の指…そして、その指にはサムが見たものと似たマークが刻まれていた。
「これだ…このマーク…!ビー!ここを撃って!」
バンブルビーが残りの壁面を破壊すると、そこに一際大きく風が吹き込んだ。
「これが、ジェットファイアが言ってた…」
プライム達の墓場だ。
やっと見つけたその在りかに、鼓動が高鳴った。
此処に、探していたマトリックスが眠っているのだ。
人間達だけでその中に入ると、既に亡骸となったプライム達がその巨体を寄せあって小さな“何か”を囲んでいた。
間違いない。
あれがマトリックスだ。
彼らが命を懸けて守り抜いたものが、儚げに横たわっている。
「あった…これだ…」
巨大な手のひらに乗せられた小さなそれに、サムがそっと手を伸ばす。
おそるおそる、慎重に…
しかし、マトリックスはサムの手が触れた途端に脆く崩れ始め、あっけなく砂となって消えてしまった。
「そんな…!うそだろ…!」
指の隙間を、さらさらと滑り落ちる砂粒…
希望で満ち始めた心が、一瞬にして踏みにじられるようだった。
探し求めていたマトリックスは、気が遠くなるほどの長い年月をかけて風化してしまったのだ。
ただの砂となってしまったマトリックスを、ただ呆然と見つめるミカエラと、その砂を掬い上げるサム。
「生き返らせるのは無理ね…」
「諦めちゃだめだ…導かれたんだから、理由があるはずだ…!」
粉々になっても、サムの中にその知識を託した“キューブ”…。
もしかしたら、このマトリックスも単なる入れ物でしかないのかも知れないと、サムはそう感じた。
「こんなことで終わるはずはない。僕にはわかるんだ、うまくいくって。」
誰もが絶望したが、サムは砂と化したマトリックスを掬い集める。
そして、オプティマスは必ず復活すると言い切った。
「どうしてそう言い切れるの…」
困惑するミカエラに、サムはその力を「信じるからだ」と言い切った。
こんな時、サムはとても強いと思う。
だからこそ、バンブルビーやオプティマスたちが彼を信頼するのだろう。
そして人間の自分達も、何故か引き付けられる…そんなリーダーシップを、彼は秘めている。
きっと、そんなサムだからこそ導かれたのだろう。
そのサムが信じるのなら、間違い無いのかもしれない。
その時だ。
空軍のヘリが到着した音が聞こえた。
巨大な金属の体がついに投下され、続いて軍人達も次々に降下してくる。
『いよいよだぜ?ユラ。』
「はい!」
ユラは震える手を握りしめ、頷いた。