とある馴れ初めの物語

□bad
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また、あの夢だ。

自分は廃墟と化した建物にいる。

そして、またあの冷たい金属の手に捕らえられていた。

今日は、それを怖いと思わなかった。

もう慣れてしまったのだろう。
何度も何度も繰り返し見るうちに…

きっと、慣れてしまったのだ…

『俺のものになれ…そうするしか…』

珍しく穏やかなその声に、夢現のフワフワとした感覚のせいもあってなのか、何を答えたかはわからない。

ユラは再び目を閉じ、意識を手放した。





《 bad 》





「…うぅっ……ん…?」

どのくらい気を失っていたのかわからないが、体を起こすとまだ頭がクラクラしている。
定まらない目線で目の前を見ても、ここが何処なのかもわからない…
ただ、自分は廃墟のような場所にいるようだ。

まだ、あの夢の中なのだろうか?

すべてが薄汚れて、霞んでいて、目眩もあるせいで夢か現実かの区別がつかない。

『目が覚めたようだな。』
「っ…!?」

からかけられた声に振り返ることもできずにいると、金属の指が背後から現れた。
自分を握り潰せるほど大きなそれが指だとわかったのは、見覚えがあったからだ…

「あぁ……」

震えた声が漏れるばかりで、言葉は出てこなかった。
逃げることも、振り返ることもできず、狭められていく指をただ見ていた。
少し錆び付いていながらも冷たく光るその手は、まるで壊れ物でも扱うようにユラに触れ、ゆっくりと引き寄せる。

『小娘。いや、ユラか…』

名前を呼ばれ、体を“本人”の方へと向けられた。

重く冷たい銀色に、燃えるような赤い瞳…

見上げた先には、此方を見下ろすメガトロンがいた。
スタースクリームが蘇ったと言っていたが、目の前で力尽きる瞬間を見ていたユラには、実際に目の前にしても信じがたい光景だ。
彼の表情が何を意味するのかはわからないが、無言で見下ろされる時間がとても長く感じた。

「やっ…」

少しの沈黙のあと、メガトロンの指がユラの体を捕まえるように狭められていく。
反射的にその手から逃げようとするが、鋭く冷たい指は腰を抜かしたユラを簡単に捕らえてしまった。

『そう怯えることはない。』

ユラは何も話せなかった。
彼の燃えるように赤い瞳に見つめられると、やはり胸が締め上げられるようで息が詰まる。

『スタースクリームが手荒な真似をしてしまったようだが…傷がないのは何よりだ。』

少し意外な言葉だった。
相変わらず声を出すことも出来ないが、メガトロンの声色はなぜか穏やかで、不思議なことに恐怖心が和らいでいくのがわかる。
相手は地球を侵略しに来たエイリアンで、自分はその狂暴さを目の当たりにしたというのにだ。
初めてメガトロンに出会ったときもその大きな手に捕まったが、あの時は驚くほど冷たく、そしてメガトロンが恐ろしく、死ぬことすら意識したのを覚えている。
メガトロンもユラを覚えていたようだが、わざわざ誘拐までする理由はなんなのだろうか?

急に黙ってしまったメガトロンに無言で見つめられ、ユラは視線を泳がせた。
怖いという気持ちももちろんあるが、単純に“異性を相手に緊張してしまう厄介な性格”のせいでもある。
自分がこの巨大な侵略者を“異性”として認識していることには、自分でも正直驚くが…

『ユラ、今度こそ俺と共に来るか、それともオートボット共と仲良く滅びるか、どちらか選ぶがいい。』
「えっ…?…えっと…」
『答えを間違えるなよ?オートボットの連中はともかく、お前を殺したくはないからな。』
「ひっ…」

突然突き付けられた選択肢は、どちらも“悪条件”になっているようだ。
それでも、自分を護ってくれている、人類に友好的なオートボットたちを選ぶつもりだ。
彼らならきっと大丈夫だと、そう信じているが…
鋭い金属の指先に顎を持ち上げられ、顔を近付けられるとやはり怯んでしまう。

『俺を選べ、ユラ。』
「っ…」

囁きかけるような言葉だが、有無を言わせない圧力があった。
しかし、自分の意思に反して胸は高鳴り、身体中が熱を上げてしまう。

『どうした?お前はただ頷けばいいだけだ。』
「ぃ…いや…です…」
『この状況で俺に口答えするのか?』

確かに、ユラの力ではメガトロンに抗いようなどなく、不利でしかない。
首を縦に振れないこともわかっているが、これは理性であって、本心ではないことに気が付いてしまった。

『答えろ。悠長にしている暇は無い…』
「わ…私は…オートボットの…みなさんを、選びます…」

それが、“正しい選択”なのだ。

まだ何か言われるかも…と、身構えてはいたが、突き付けられた言葉はまた強引なものだった。

『俺を選べと言ったはずだ。お前はただ頷けとな。』

メガトロンは、今度は真剣なトーンでそう告げた。
どうして自分なのか、未だに説明も何もないし、執拗に迫られることに理解が追い付いてこない。
気に入られるようなことはしていないし、自分のような平凡な人間に、彼らから見て価値があるとも思えない…。

「あ、あの…どういう…意味、ですか…?その、あ、あなたのものに…って、いうのは…」

恐る恐る、質問を投げ掛けてみた。
声は震えて文章はぶつ切りだが、自分にしてはよくやった方だと思いたい。

再び訪れた沈黙の一秒一秒が長く感じられ、鼓動はまるで耳元で鳴り響くかのようだ。

『そのままの意味だ。』
「そ、そのまま…?」
『眠り続けて平和ボケでもしたのかもしれんな…』

言葉を失い、黙って見つめるしかできないユラを、メガトロンはその目を細めて見つめ返した。

「な、なん…ですか…?」

何をされるかと身構えるユラを足元に降ろすと、今度はその意外な行動に戸惑うユラの頭に、鋭い指先がそっと触れた。
そして、驚くほど優しく撫でられた。
突然のその行動にわけもわからず見上げていると、数回撫でたところで指先の動きが止められる。

『認めろ。それがお前の答えだ。』
「えっ?」
『俺を拒否するつもりなら、なぜ逃げない?』
「えっ…あ…!」

自分は解放されているし、メガトロンは今完全に無防備だ。
それなのに、振り向かずに走るという当然の行動が、今のユラにはできなくなっていた。

『何も答えないのか?』
「あのっ、あ、足が…!」
『…』
「その…足が…す、すくんで…」

苦し紛れのその言葉も、意味をなさないのはもうわかっていた。
しかし、彼を拒否しなければと必死になるあまり、口をついて出てきたのがやっとそれだけだったのだ。

『強情だな。』
「ほ、ほんとに…」
『…だが、可愛い奴だ。』
「!?」

そんな言葉に、顔がどんどん熱くなっていくのがわかる。
頭から湯気が出そうに思えるほど照れ臭くなり、視線は既に泳ぎっぱなしの状態だ。
人間の男性にさえ言われたことがなかったのに、それをまさかメガトロンに言われるとは…
『俺のものになれ』だとか『可愛い』だとか、頭を撫でられるのもメガトロンが初めてだ。
自分が持ってしまった感情も、メガトロンからの言動も、何もかもが初めてのことで、そして受け入れがたいもので…心のキャパシティーは既に悲鳴をあげていた。

メガトロンはユラの見ていないところで遠くに目を遣ると、溜め息のような排気を吐き出した。
平和ボケして悠長にしている暇はないのだ…本当に…

『またお前を巻き込むぞ。』
「えっ?」
『拒否権を与えてやるつもりはない。』
「そんなっ…!」

メガトロンの言い放った言葉の直後、古びた天井を突き破る音が響き渡った。
咄嗟に見上げた先では、落ちてくる車らしいものと、外にいたスタースクリームがニヤニヤしながら入ってくる姿が見えた。
飛び散る瓦礫から、メガトロンがその大きな体を使いかばってくれているようにも見えるが…。

「あっ、あのっ…!」
『此所に居ろ。決して動くな。』
「…」
『これから俺が何をしても、お前が何を見ることになっても、俺を拒絶するな。』
「…」
『わかったな…』

赤い目は燃えているようなのに、ひどく寒々とした色のように見えた。
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