とある馴れ初めの物語

□ストックホルム症候群
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あれから月日は流れ、ユラは今まで通り“それなりの日常“を取り戻していた。
ジャズは相変わらず護衛という名目で傍にいるが、その生活にもすっかりなれていた。
それだけではなく、





《ストックホルム症候群》





『さっきのはナンパか?』

アパートに向かう途中、茶化すようにジャズが切り出した。
“さっきの”というのは、学校でのことだ。
門のところで待ち構えていた青年に声をかけられたが、そのことだろう。

「同じ学年の男の子です。日本の文化に興味があるそうです。」
『おいおい、冗談だろ?あんな頭の軽そうな奴が“文化”語りそうに見えたのか?どう見ても下心があるようにしか見えなかったぜ?奴が興味があるのは文化じゃねぇ、お前だ。』
「…?」
『ったく鈍感だな…。どうせ今度ゆっくり話したいとでも云われたんだろ?』
「言われました。」
『あんまり鈍いと奴の部屋に連れ込まれるぞ?ベッドでアレコレ手取り足取り教え込まれるんだぞ?ちなみにベッドでってのは…』
「ちょっ!や、やめてくださいよ〜!」

ジャズと生活するうちに、ユラは英語が話せるようになっていた。
コミュニケーションが取れるようにと少しずつ始めたところ、ジャズがスラングをよく使うせいもあって教科書の英会話ごときでは事足りず、あれこれ調べたり独学で学んだり…更にはジャズに教え込まれたりするうちに、長文は少し片言になったりもするが、今やすっかり身に付いていた。
ユラの目指すものも、“それなりの毎日”ではなく“自分のやりたいことをやる”になった。
まさか、自分が海外で生活してみようと思うようになるなんて…今までのユラなら考えもしなかったことだ。

『まぁ、楽しみたいなら止めはしないが…』
「うーん…いつかは…」
『マジかよ!』
「こ、恋人ができたらいいなって、ことです!」
『なんだ…。』
「なんでちょっとガッカリするんですか!」
『大人になったなと思ったが…なんなら俺と付き合うか?ボディーガード兼彼氏、お得だろ?』
「もう、からかうのやめてくださいよ…」

ジャズが子供扱いしたくなる気持ちもわからなくはなかった。
自分だって、学生生活を謳歌したい気持ちはもちろんある。
恋人たちを羨ましく思うことだってあるが、相変わらず異性を前にすると緊張してしまう厄介な性格は治らない。(ジャズにはもう慣れた。)
それに、どこからが恋愛なのかの境界線がわからないのだ。
人当たりがいいなと思っても、気が合うなと思っても、それ以上がない。
少女マンガ的な「胸がきゅんとする」だとか「彼のことばかり考えてしまう」だなんてことが今のところ一度もない。
最近では、自分が夢を見すぎているだけなのだろうかと思ったりもしているが…だからといって妥協して付き合うだとか、取り敢えず付き合ってみるとかいう勇気はなかった。

『そういえば、バンブルビーが大学生活が楽しみだと言ってたな。』
「バンブルビー…黄色い彼ですか?」
『そうだ。サムが進学したらついて行きたいんだと言ってたが…どうしてるだろうな。』
「仲良しですね。」
『そうだな。』

ジャズはいつも、他のオートボットたちの話をすると少しだけ寂しそうな雰囲気になった。
最近は特にそうだ。

ジャズは、メガトロンとの戦闘で神経回路が著しく損傷したらしい。
歩けるようには回復したものの、あの日以来前線には出られなくなってしまった。
ユラのボディーガードになったのも、他のオートボットとは一緒に活動することができないからで、ビークルモードで走る分には特に問題がないために極力戦闘を避けてユラを護るためにと自ら買ってでたのだ。

『あのサムでも恋人がいるのにな。』
「も、もういじらないでくださいよーっ…!私、ミカエラみたいに美人じゃないです。スタイル良くないです。」
『サムは美男子でも筋肉質でもないぞ?』
「でも、サムは…」
『あー、駄目だ。』
「えっ?」
『お前鈍感だし、男と目も合わせられないようじゃあ恋人は無理だ。』
「今日のジャズさん、いじわるです…」
『ハハハッ!』

いたずら好きの子供のように笑うジャズは、とても兵士とは思えないほど無邪気に見える。
しかし、ユラがメガトロンに拐われたとき、自分よりも遥かに大きな敵と戦って助け出してくれたのは紛れもなくジャズだった。
あれから自分達はディセプティコンに遭遇することも、危険にさらされることもなく平和に過ごしているが、やはり戦闘に出られないことが悔しいのかもしれないと思う。

『言いたいことあるなら言えよ。』
「えっ…」
『何か隠してるだろ?』
「えぇと…ジャズさん、私のボディーガードは面倒なのかなと…」
『いいや、面倒じゃなくて退屈だな。』
「そう、ですか…」
『勘違いするなよ?お前といるのがってことじゃねぇんだ。』
「…戦いたい、ですか?」
『あぁ、そうだな…物騒かもしれねぇが…』

やはり、今までいたポジションを離れるということは受け入れかねているらしい。
現在はジャズのポジションにアイアンハイドがおさまっているが、まったく異なる性格の彼が就いているということも、何か思うことがあるらしい。

『うちは司令官も堅物なのに、アイアンハイドもアレじゃあな…』
「心配、ですか?」
『いいや、アイツは根っから“軍人”てタイプだし、頼もしいから腹が立つ。』
「…私は、私にはジャズさんがついてるから、頼もしいです。」
『そうかい…ありがとよ。』

ふと、ジャズがいつもと違うルートに入った。
いつもなら真っ直ぐ帰宅するはずだが、時々こうして違う道を走ることがある。
最初は何か危険を察知しているのかと思ったが、理由はシンプルに走りたいからなんだそうだ。

『ちょっと付き合ってくれよ?“ドライブデート”だ。』
「はいっ。」
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