とある馴れ初めの物語

□長い序章
1ページ/6ページ



飛行機を降りて荷物を受けとる。
初めて訪れたこの土地で、これから小さなロボットと冒険の旅へ…

というような簡単な話ではなかったようだ。

自分たちを取り囲む黒服の集団に、何か、低い声で質問されているような気がする。
ような気がするというのは、ユラには彼らの言葉が理解できていないからだ。
入国審査の時にはこっそり出て来て指示を出してきたあのロボットも、こんな時に限ってしっかり隠れてしまって出てこない…

答えないでいるユラに痺れを切らしたのか、彼らの語気が強くなる。
しかし、強く言われたところでわからないものはわからない。
追い詰められたユラが、涙目になりながらなんとか絞り出した一言は…

「あ…あいきゃんのっとすぴーくいんぐりっしゅ…」





《You belong to me…とは?》





言葉も通じないまま真っ黒な車に乗せられ、手錠をかけられそうになった。
銀色に光るその輪を見た瞬間、兎に角怖くなって、必死で食い止めていた涙が決壊したダムのように流れ出した。
自分の状況を話すこともできず、助けを求めることもできず、携帯がロボットに変身して自分を此処に導いただなんて、話せたところで信じてもらえる気がしない。
とはいえ、ハッキングして手に入れた偽チケットで飛行機に乗った事実は曲げようがない…

こんなところで自分の人生はお先真っ暗になってしまうのかと思うと、人目も憚らずに泣いてしまった。

一方、黒ずくめの職員達は困っていた。

謎の小型ロボットを連れ歩くアジア人の目撃情報から、“エイリアン”と接触がある人間を割り出し確保したまでは良かった。
彼女の連れていたロボットのようなものは、実は金属の生命体で、もちろん国家機密レベルの存在である。
どうやって手に入れたかはわならないが、そんなものを一般人が連れ歩いているとは思わず、それを利用しようとしたテロリストかスパイが何かを企んで現れたのだとばかり思っていた。

ところが、自分たちを見た瞬間縮み上がって硬直していたのはどう見てもごく普通の学生、おまけに言葉が通じない。
これではどういう状況で接触があったのか、どうして此処にいるのか、何もわからないではないか。
それどころか、当の本人はまだ随分と幼く(日本人は童顔だというし、実年齢より更に幼く見えているかも…)、声をあげて泣き出してしまったではないか。
自分にもなかなか会えない娘がいるが、同じ年頃の女の子にこんな風に泣かれるのは非常に胸が痛かった。
それでも問い詰めようと躍起になる仲間を宥め、彼女が落ち着くまで待てと諭す。

「Calm down…」

ユラは彼らが何を話しているかはわからないが、一人はどうやら友好的な人なのだろうか?と思えるような気がした。

「ほぇ…グスッ……(カウントダウン…?なんの…?)」

ユラは少し落ち着いて、涙を拭いながら顔をあげた。
さっきまで威圧的だった人に背中を撫でられている。
怖い人ではないのだろうか?
でも手錠をかけようとしていたし、しかし制服ではないから警察ではなさそうだし…
もしかしたら、ロボットの関係者なのだろうか?
こうなったら何でも行動してみるしかない…そう思い、携帯を取り出した。

「え、えーと…これ、ですか?」

最早片言の英語すら出て来ていないが、周りの大人たちが何かピーピー鳴る機械を近づけたり、難しい顔でゴニョゴニョ話し合ってピリピリしだしたのがわかった。
やはり、出してはいけなかったのだろうか…

「…ロボットくん、戻っておいで。」

小声で呼び掛けると、それが通じたのか携帯から足だけ生えてきた。
それがカサカサと此方に迫ってくる様子は正直凄く気持ち悪い。
申し訳ないが、形状のせいかまるで特大の虫…キッチンによく潜んでいるアレみたいだ。

ルックスはともかく、動き出したとなるともう車内は大騒ぎだった。

彼らはロボットを捕まえようとするが、とても小さい彼は逃げ回って暴れるし、最終的にユラの服の中に飛び込んでしまったために、捕まえようとした一人がうっかりユラの胸を掴むというハプニングが起きた。

「な、ななっ…なにするんですかぁ!」
「…!!」
「ひっ…!?」

顔をあげると、そこには物騒なものを向ける男たち。
どうやら服の中で怯えているらしいロボット。

「す…すとっぷ!すとーっぷ!撃っちゃだめです!」

勢いとジェスチャーだけでとにかく必死で止めた。
ロボットがかわいそうでもあったが、自分が撃たれてはかなわない。

膠着状態の中、ユラの隣にいた一人がガラスのケースを取り出し、蓋を開けて「此処に入れなさい」のジェスチャーをした。
ユラは首を横に振るが、自分の胸元に目を遣って意味を理解した。
ブラウスのボタンの隙間から、小さいが恐らく銃口を向けている。
威力はわからないが、用心に越したことはないということだろうか。

「ご…ごめんね!」

気づかれぬよう、ブラウスのボタンを2つ外し、ロボットの首根っこを捕まえると、ガラスの箱の中に入れた。

『Fuck!』

ユラでも映画などで聞いたことがあるレベルの汚い言葉で悪態をつきながら発砲するロボットの様子に、自分はとんでもなく危険なロボットと行動を共にしていたのではないかと思った。
今更だが。

「Are you okay?」
「…」

暫く呆気にとられていたが、なんとか頷いた。
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ