とある馴れ初めの物語

□ストックホルム症候群
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あのあと、少しドライブしてからアパートに戻った。
世間的には一人暮らし、奇妙な同居生活には慣れたつもりだった。
しかし、やはり一人になりたいと思うことはある。
出かけるときはいつもジャズがついているし、それは確かに頼もしいと思う。
しかし、大人たちに疑われながら保護されていることにも、自由がないことにも、嫌気が差してきていた。
ジャズがもっとユラを疑うそぶりを見せていれば反抗もできたかもしれないが、彼には全くそのような様子もなく、むしろ心から信頼して護ってくれているようにしか思えない。
それが今の不安定なユラを更に苦しめた。

「まただ…」

いつの間にか知らない場所に来てしまった。
誰もいない。
自分がどうやって出てきたのかは覚えていないが、ジャズも今日はいない。
このまま家出をしてしまおうかとも考えたが、ジャズのことは裏切れないと思う。
だがどうしたことなのか、戻ろうと思っても、足は前へ前へと進んでいく。

目の前に広がってくる景色は、見覚えのある場所のような気がした。
冷たく立ち並ぶ廃墟のようなビル、地獄の入り口のように口を開けるアスファルト、立ち込める煙…

「…」

ふと立ち止まると、背後から音もなく、大きな金属の手のひらに包み込まれた。
重く冷たい銀色…そして、燃えるような色の瞳に、悲鳴をも握り潰されるような圧倒的な存在感。
言葉を失い、見つめ返すことしかできなかった。

金属の顔が近付いてくる。
低い唸り声が聞こえる。

『you are mine…』

「っ!!」

目が覚めればそこは見慣れた部屋で、いるのは自分一人。
ひどい汗に、全力疾走した後のようにうるさい鼓動…胸は締め付けられるように苦しく、眩暈を覚えて再びベッドに沈む。

あの日から何度も同じ夢を見た。
最近になってまた夢を見る頻度も増えてきている。
メガトロンはもう死んだというのに、あの日の記憶は何度でも甦り、ユラを苦しめた。
記憶そのものとして甦ることもあれば、日常を壊すようにして現れることもある。
どちらにしても目覚めが悪いことは共通しているが、もう一つ、夢を通して気が付き始めたことがある。
それは、自分が恐怖以外に感じた“何か”だ。
胸の奥底からじわりと沸き上がる熱が何なのか、あと一歩、わかりそうでわからない…。

「…?」

外でエンジン音がした。
ガレージの方からだ。

「…」

ユラは眩暈をこらえつつ、ガレージへと向かった。
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